2004年で幕を下ろした伝説の球団、その歴史を彩る名選手たち 大阪近鉄バファローズは、セ・パ両リーグに分立した1950年…
2004年で幕を下ろした伝説の球団、その歴史を彩る名選手たち
大阪近鉄バファローズは、セ・パ両リーグに分立した1950年、近鉄パールズとして発足。のちに名称をバファロー、バファローズと改めた。2004年球界再編でオリックス・ブルーウェーブと合併するまで55シーズン存続した。歴史を飾った名選手を、投打の通算成績で見ていこう。
○通算安打数5傑
1小玉明利 1877安打(1954-67年)
2大石大二郎 1824安打(1981-97年)
3土井正博 1714安打(1961-74年)
4小川亨 1634安打(1968-84年)
5羽田耕一 1504安打(1973-89年)
小玉明利は昭和30~40年代に活躍した三塁手。のちに阪神へ移籍し、通算1963安打するが2000本に届かず引退した。大石大二郎は俊足の内野手として活躍。土井正博は18歳で4番を打った早熟のスラッガーで、のちにライオンズへ移籍。小川亨は左打ちの一塁手で三振の少ない強打者だった。羽田耕一は強打の三塁手だ。
○通算本塁打数5傑
1中村紀洋 307本(1992-2004年)
2土井正博 305本(1961-74年)
3T・ローズ 288本(1996-2003年)
4R・ブライアント 259本(1988-95年)
5羽田耕一 225本(1973-89年)
中村紀洋は近鉄最後の4番打者。2004年9月27日のオリックスとの最後の試合に「4番・三塁」で先発し、1安打している。その後はMLBを経て多くの球団を渡り歩いたが、本塁打は土井正博を2本抜いて近鉄歴代1位。ローズ、ブライアントは強打の外国人選手が多かった近鉄を代表する2人だ。
○通算打点5傑
1土井正博 960点(1961-74年)
2中村紀洋 916点(1992-2004年)
3T・ローズ 824点(1996-2003年)
4羽田耕一 812点(1973-89年)
5小玉明利 758点(1954-67年)
土井正博が最多。近鉄時代は好成績を挙げたもののタイトルがなく「無冠の帝王」と言われたが、ライオンズに移籍して本塁打王に輝いた。中村紀洋は打点王を2回、ローズも打点王を2回獲得した。
○通算盗塁数5傑
1大石大二郎 415個(1981-97年)
2鈴木武 216個(1953-60年)
3安井智規 200個(1962-75年)
4小川亨 141個(1968-84年)
5小玉明利 130個(1954-67年)
大石大二郎は阪急・福本豊の連続盗塁王を13年でストップさせた俊足打者。盗塁王には4回輝いた。鈴木武は1954年に71盗塁で盗塁王を獲得した。
左腕の大エース・鈴木、4年連続奪三振王の野茂
投手成績を見てみよう。
○通算勝利数5傑
1鈴木啓示 317勝(1966-85年)
2佐々木宏一郎 113勝(1963-74年)
3田中文雄 100勝(1950-62年)
4柳田豊 94勝(1975-87年)
5村田辰美 85勝(1975-89年)
鈴木は背番号「1」で活躍した左腕の大エース。佐々木宏一郎はアンダースローの技巧派だった。田中文雄は草創期のエース。1954年オフに結婚し、武智姓になる。柳田豊もアンダースローで先発、救援で活躍。プロデビューはライオンズで、現ソフトバンク柳田悠岐の遠縁にあたる。村田辰美はひげがトレードマークの左投手。
○通算奪三振数5傑
1鈴木啓示 3061三振(1966-85年)
2野茂英雄 1204三振(1990-94年)
3佐々木宏一郎 1194三振(1963-74年)
4高村祐 1094三振(1992-2004年)
5柳田豊 988三振(1975-87年)
野茂英雄はわずか5年の在籍で近鉄2位の三振数を積み上げた。デビューから4年連続奪三振王に輝いた。高村は2005年から1年楽天でプレーした。
○通算セーブ数5傑
1赤堀元之 139(1989-2004年)
2大塚晶文 120(1997-2002年)
3吉井理人 61(1985-94年)
4石本貴昭 48(1981-90年)
5鈴木康二朗 44(1983-86年)
セーブ記録は1975年の導入以降が対象。赤堀は92年から4年連続でセーブ王を獲るなど絶対的なクローザーだった。大塚はMLBでも救援投手として活躍。吉井は先発、救援で活躍し、彼もMLBに移籍した。石本は85年に救援だけで19勝を挙げ、翌86年には32セーブをマークした。鈴木康二朗はヤクルト時代に王貞治に756号本塁打を打たれたことで球史に残る。のちに近鉄に移籍し、救援投手としてセーブ王2回に輝いた。
「10.19」の仰木監督、“二刀流”関根潤三らが殿堂入り
最後に近鉄に選手、指導者として在籍し、殿堂入りした野球人を紹介したい。
○野球殿堂入り
1980年 千葉茂 指導者
1981年 岩本義行 指導者
1983年 三原脩 指導者
1988年 別当薫 指導者
1988年 西本幸雄 指導者
1988年 芥田武夫 指導者
1989年 野口二郎 指導者
1990年 真田重藏 指導者
1990年 佐伯勇 経営者
1995年 杉浦忠 指導者
1999年 中西太 指導者
2000年 米田哲也 指導者
2001年 根本陸夫 指導者
2002年 鈴木啓示 選手・指導者
2003年 関根潤三 選手・指導者
2004年 仰木彬 指導者
2014年 野茂英雄 選手
多くの有名な野球人が近鉄にコーチ、監督として在籍している。千葉茂は巨人の名選手だったが、近鉄に監督として迎えられる。千葉のあだ名「猛牛」にちなみ、近鉄は愛称を「パールズ」から「バファロー(のちバファローズ)」に改めた。西本幸雄は阪急監督から近鉄監督となり、弱小チームを強豪に育て上げた。
生え抜き選手としては鈴木啓示が最初に殿堂入り。続いて投手と打者の二刀流で活躍した関根潤三。ロッテと戦った「10.19」のドラマの時に監督を務めた仰木彬も殿堂入り。近鉄からMLBに挑戦したパイオニア、野茂英雄も2014年に殿堂入りした。
2004年、近鉄最後の年に試合に出た選手で今も現役を続けているのは、共に現ヤクルトの坂口智隆と近藤一樹、そしてシアトル・マリナーズの岩隈久志の3人だけになった。14年の歳月を感じる。(広尾晃 / Koh Hiroo)