◆ミラノ・コルティナ五輪 ▽スピードスケート(21日、ミラノ・スピードスケート競技場) 【ミラノ(イタリア)21日=富張…

◆ミラノ・コルティナ五輪 ▽スピードスケート(21日、ミラノ・スピードスケート競技場)

 【ミラノ(イタリア)21日=富張萌黄】女子マススタート決勝が行われ、前回大会8位入賞の佐藤綾乃(ANA)は15位だった。

 残り2周、中団からギアを上げ、激しい上位争いに。4番手あたりでラスト1周に突入した。だが、他の選手と接触する展開もあって、メダル争いから後退。途中のポイントを取っていなかったため、最終順位は着順より低い15位となった。

 今大会は団体追い抜きで銅メダルを獲得。3大会連続出場の五輪で個人種目のメダル獲得は果たせなかったが、最後と決めた五輪のラストレースを滑り切った。レースを終え、「自分の中で消化しきれない部分はあるけど、しっかりと3大会連続で(団体追い抜きの)メダルを取れたというところに誇りを持っていいのかなと思いました」と振り返った。

 今大会での五輪引退を表明し「集大成」と位置づけた3度目の大舞台。北京五輪後、4年後のミラノ五輪を目指すか迷いがあったという。「燃え尽き症候群じゃないが、そういう気持ちになってしまったことがすごく大きかった」と22年シーズンは精神的にも苦しかった。その後高木美帆(TOKIOインカラミ)に誘われ、「チーム・ゴールド」に加入。「ミラノを目指すしかない」と腹をくくっても思うような成績が残せず苦しい時期は続いた。「この選択、間違ってたかな」と何度も葛藤した時間が続いた。

 そんな苦しい期間を乗り越えるきっかけになったのも、高木の存在だった。「美帆さんをはじめ、チームメートのみんなが色々アドバイスをくれた。オフの時にスケートに全然関係ないことも話したりとか、カフェで時間を過ごしたりとか、そういうバランスのいい生活をさせてくれた」。長いトンネルを抜け出し、3大会連続五輪代表に選出、今大会に臨んでいた。

 ◆佐藤 綾乃(さとう・あやの)1996年12月10日、北海道・釧路市生まれ。29歳。小1からスケートを始める。釧路北陽高―高崎健康福祉大。17年アジア冬季大会3000メートル銅メダル。団体追い抜きで18年平昌五輪金メダル、22年北京五輪で銀メダル獲得。24年四大陸選手権チームスプリント優勝。157センチ。

 ◆マススタート 18年平昌五輪で採用され、男女とも最大30人が2組に分かれて1回戦を行い、組の上位8人が決勝進出。決勝は16人で行う。出場選手は一斉にスタートし、16周(6400メートル)を滑る。4周ごとにポイント(1位5点、2位3点、3位1点)が加算されるが、メダルはゴール時の順位で決まる。