【リビーニョ(イタリア)21日=ペン・宮下京香】 男子スキークロスの決勝トーナメント(T)1回戦が行われ、昨年12月の…

 【リビーニョ(イタリア)21日=ペン・宮下京香】 男子スキークロスの決勝トーナメント(T)1回戦が行われ、昨年12月の大けがから奇跡的な復活を遂げた須貝龍(クレブ)は3位で敗退した。

 決勝Tの組み合わせを決めるタイムトライアルは1分8秒13で滑りきり、31人中19位。4人1組で滑る決勝T1回戦は3位に終わり、上位2選手が勝ち上がる準々決勝進出を逃した。レース後には「スタート台に立てて、けがなく完走できて幸せです。今できる全力を出せたのは良かった」と振り返った。

 昨年12月19日にイタリア・イニヒェンで行われたW杯予選で転倒し、「股関節後方脱臼」「左大腿骨骨頭の骨折」「右肋骨十番の骨折」を負い、全治は6か月と診断された。それでも、懸命なリハビリに励み、大けがから約2か月で奇跡的な復活を遂げ、大舞台で躍動した。

 ◆須貝に聞く

 ―振り返って。

 「滑り自体は、自分の滑りができなかった。少し、いいところがなかったかなという気持ちです」

 ―大けがを乗り越え、今日の公式練習が初滑走か

 「そうですね。2~3日前、股関節から膝や足首が悪くなったりで、歩くのが難しくなったので、公式練習はスキップして、今日が一発勝負で臨んだ」

 ―現在の状態は。

 「痛み自体はそんなにない。ただ、関節自体の可動域が出なかったり、練習中に股関節の大腿骨が外れるような動きがあり、痛みはないけど、安定がないような状況です」

 ―どんな思いでスタート台に立ったか。

 「前回の経験もあって、緊張はあまりすることもなく、自分のできることを全力で臨めるメンタルではいた。ただ、2か月はずっとリハビリとか運動強度が低い状態で過ごしていたので、どうしても体力的に難しい部分があって、最後はうまく滑れなかった」

 ―痛みは。

 「痛みは感じてない。痛み止めは服用してます」

 ―大けがから2か月で五輪に戻ってきた。

 「幸せな気持ちでいっぱいです。2か月前にケガをした時は出れないという思いが強かった。それからちょっと無理をして、頑張ってスタート台に立てた。この2か月もリハビリの痛みもあって、つらさもあった。それが報われた今日かな」

 ―けが直後は。

 「けがをした時は車いす、松葉杖の世界だった」

 ―2月頭にここに来て、一度ミラノに行き、また戻った。

 「そうです。リハビリを継続した。2月2日、3日のここの公式練習も出てない。2日間だけスキーを別の場所でして滑れることを確認して、リビーニョに入った」

 

 ―その後はリハビリだけか。

 「本来なら公式練習に参加したかったが、確認後にまた悪化した。なので、公式練習に出なかった」

 ―かばったから悪化したか。

 「股関節の痛みは今はないが、少し前まではあった。かばいながら歩くと、膝の状態もよろしくない。膝も足首もロックして動かなくなって、スキップした。左膝と左足首です」

 ―家族も見ていた。

 「もうちょっとかっこいいところを見せたかったけど、まだ子どもたちに会えてないけど、これから会って、五輪の楽しさを伝えたい」

 ―どんな五輪だったか。

 「前回とは違ってすごいハードルは高かった。それでも挑戦ができて、幸せな五輪だった」

 ―4年間を振り返って。

 「山あり谷ありでしたね。いいときもあれば、ケガもたくさんした。ただ、総括したらそんなに悪くない4年間だった」

 ―つらいことが多かったか。

 「リハビリ期間がこの4年間だと半分くらいになるので、つらいことの方が多かった。それでも、自分の好きなスキーを全力で取り組めているのは幸せなこと」

 ―次の五輪は。

 「まだちょっと自分がどうするかは決め切れていない状況です」

 ―五輪に出るために原動力になったことは。

 「応援してくれてる皆様の声援だったり、僕が五輪に出てメダルを取りたい思いでやって、それに共感して応援してくれてる皆様のために頑張りたい。それが原動力で取り組めた」

―妻からの言葉は。

 「なかったですね。子どもたちや家族、皆様から頑張ってというメッセージをもらった。妻からは特別なかったですね(笑い)」

 ―有観客の五輪。

 「楽しさは全然、北京とは違った。家族が来てるので、ちょっと残念な結果に終わったけど、これから少し家族と五輪を楽しみたい」

 ―同郷の古野。

 「ここからメダルが見えてくる。冷静に判断してやってくれる。年が8つ離れてる。ただ、スキークロスは彼の方が先に始めた。後輩だけど、チームの仲間という感じです」

 ―この2か月のリハビリ。

 「歩くことから始めて、股関節脱臼してるので、股関節の可動域が出ない、足が開けないし閉じれない。可動域の中で力を入れないといけないけど、脱臼してる分、体が勝手に神経を切ってしまう。自分の足がここにないような状態から始めるので、それを取り戻すために力を入れたりした。本来は6か月かけてリハビリするところを2か月なので、想定よりも早くすすめないといけない。ドクターたちもやったことがなかったので手探りでやっていく中で、強度が高すぎてまた外れる感覚が出ちゃったり、実際がっつり脱臼はしないけど、脱臼した通り道に同じように大腿骨が動くようなこともあり、進んでは下がってという状況で、最後は痛み止めとテーピングをして無理矢理出ました」

 ◆須貝 龍(すがい・りょう)1991年12月11日生まれ。新潟・胎内市出身の34歳。幼少期にスキーを始め、2011年全日本選手権スーパー大回転で優勝。18年にアルペン種目の5つのうち3つで日本ランキング1位。だが、18年平昌五輪出場を逃し、当時の全日本スキー連盟の強化本部長だった皆川賢太郎氏の勧めで19年にスキー・クロスに転向。21年3月W杯2位。初出場した22年北京五輪は予選敗退。25年世界選手権日本人初の銅。家族は妻と2男。身長177センチ。