<ミラノ・コルティナオリンピック(五輪):複合>◇19日◇男子団体スプリント後半距離(最終)◇テーゼロ距離競技場渡部暁斗…

<ミラノ・コルティナオリンピック(五輪):複合>◇19日◇男子団体スプリント後半距離(最終)◇テーゼロ距離競技場

渡部暁斗(37=北野建設)の五輪ラストレースが終わった。山本涼太(長野日野自動車)との日本は6位だった。今季限りで現役引退を表明しており、6度目出場の今回の五輪が最後となる。

前回22年北京五輪まで4人で行われていた団体が、今大会から2人1組による団体スプリントに変更された。今大会最終種目に山本涼太(28=長野日野自動車)と臨んだ。北京五輪ではともに団体で銅メダルを獲得している。

渡部暁は大会前に「楽しみ半分、不安半分。自分が行くよりも、代わりに誰かもう1人連れて行った方がいいなじゃないか」と率直な思いを口にしていた。今季W杯で個人最多出場記録の302戦をマークしたが、成績は最高13位と伸び悩んでいた。それでも「オリンピックの本番で奇跡が起こせるように」と希望を捨てていなかった。

日本複合界を長年けん引してきた功労者。たくさんのドラマを生んだ五輪と別れを告げた。

ラストランを終えた渡部は「いいジャンプはできなかったけど、クロスカントリーはすごくスキーが滑ってくれて、おもしろい展開に持ってこれて、久々にワクワクして走ることができた」と口にした。6大会出場した五輪の最後の舞台。自身の競技人生を「道なき道を自分でかき分けてここまで来て、それがおもしろかったっていうのもある。道を究められたとは思っていなくて、道半ばで諦める感じだけど、すごくいい人生だったなと思っている」と振り返った。続けて「ここに来て季節外れの桜を咲かすことはできなかったけど、本当に最後の花びらの1枚が散っていくまで皆さんに見ていただけたと思うし、道半ばに散っていった桜が、この先を行く若い選手たちの道しるべみたいなものになってくれたら本望です」と話し、最後まで諦めない姿勢で戦い続けたことに胸を張った。

◆渡部暁斗(わたべ・あきと)1988年(昭63)5月26日生まれ、長野・白馬村出身。98年長野五輪をきっかけに白馬北小学4年でジャンプを始め、白馬中1年から複合に取り組む。五輪は白馬高2年だった06年トリノ大会でデビューを果たし、6大会連続出場。メダルは銀2、銅2。W杯は個人歴代最多の通算302戦出場。優勝19度。家族は妻と3男。