<ミラノ・コルティナオリンピック(五輪):フリースタイル>◇男子デュアルモーグル決勝◇15日◇リビーニョ・エアリアル・モ…

<ミラノ・コルティナオリンピック(五輪):フリースタイル>◇男子デュアルモーグル決勝◇15日◇リビーニョ・エアリアル・モーグルパーク

22年北京五輪男子モーグル銅メダルの堀島行真(28=トヨタ自動車)が、新種目で銀メダルを獲得した。モーグル銅に続き、今大会2つ目のメダルを獲得した。1対1で争うトーナメント戦の決勝で、18年平昌五輪モーグル金メダルのミカエル・キングズベリー(カナダ)に敗れた。

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“ニコイチ”でつかんだ銀メダルだった。理学療法士の瀬戸口淳氏(47=運動器ケアしまだ病院)は堀島と二人三脚で歩んできた。

平昌五輪後の19年4月、腰痛持ちの堀島との取り組みがスタートした。頂点を目指して臨んだ22年北京。忘れられない夜がある。2月4日の開会式を終え、宿舎に戻ったのが5日午前0時頃。2時間ほど体のケアを施しながら、無言の時間が続いた。堀島は18年平昌の決勝で転倒して11位のトラウマがあった。北京でも予選1回目は16位。決勝に直行できず、不安な様子を目の当たりにしつつ「情けないが、何と声をかけていいか分からなかった。逃げるように、いつも通りにしてしまった」と悔やむ。それでも予選2回目を突破し、銅メダルを獲得。過去の恐怖心を払拭した姿に心を打たれた。大会後に、堀島から「強くなるための練習がやっとできる」と宣言された。自らも「選手にとってプラスになれる存在になる」と覚悟を決めた。

関係性も徐々に変化。以前は、体の使い方を一方的に提案した。北京後は、堀島から意見を引き出すことを意識。理想の滑りに向けて、互いに議論できる関係を築き上げた。24年から、五輪会場と時差のないノルウェーを拠点に据えた。それでも現地へ何度も足を運び、関係はより強固になった。昨年3月の負傷時には、オスロの病院を一緒に回った。全病院で手術を勧められ、本人も同意。しかし診断に疑義を持ち、国内で再検査を促した。結果は部分断裂。「かなりチャレンジングだった」と手術しない方法を提案し、堀島も信頼してその道を選んだ。「2人で1つ」が銀メダルにつながった。【飯岡大暉】