(12日、ミラノ・コルティナ冬季オリンピック〈五輪〉スノーボード女子ハーフパイプ決勝) 悔し涙は一晩で、うれし涙に変わ…

 (12日、ミラノ・コルティナ冬季オリンピック〈五輪〉スノーボード女子ハーフパイプ決勝)

 悔し涙は一晩で、うれし涙に変わった。

 念願だった五輪の表彰台。21歳の小野光希(バートン)は受け取った銅メダルをじっと見つめた。

 「ずっとめざしていたものなのに、いざ実物を手にすると夢を見ているような、フワフワした気持ち」

 表も裏も、何度見返しても実感が湧かなかった。

 前日の予選は思うような演技ができなかった。上位12人で争う決勝へは11番目で通過。「何をやってんだろうって、悔しくて」。目を真っ赤に腫らした。

 選手村に戻ると、4年前の記憶が頭の中を巡った。

 17歳で初めて挑んだ北京五輪。予選を2位で通過しながら、決勝は9位に終わった。「重圧に押し潰された」。苦い記憶は今も残っている。

 「今回もダメかも……」。弱気の虫が顔を出した。

 追い払ってくれたのは、普段から一緒に練習する仲間たちだった。夕食を食べながら、パソコンで男子の予選を見た。画面の中に、果敢に大技に挑む日本選手の姿があった。骨盤を骨折しながらも、五輪2連覇をあきらめない平野歩夢の姿もあった。

 「私もやるしかない」

 決勝のスタート台に立った時には、気持ちは高ぶっていた。

 全3回の試技の1回目。雪が降る悪条件もあり、コーチからは「まずは様子見で」と無難な技を勧められたが、首を横に振る。

 「攻めます」

 力強く滑り出す。3発目のトリックで横に3回転する大技を出し、続く4発目は通常とは逆の足を前にして、くるり。強みとする高さも十分だった。

 85.00点。「今までで一番の完成度だった」。予選から9.00点も引き上げ、いきなりライバルたちに重圧をかけた。これが奏功する。有力選手にミスが目立ち、逃げ切った先にメダルが待っていた。

 中学生の頃から国内外で活躍してきた。北京五輪後のワールドカップ(W杯)では圧倒的な強さを見せ、22~23年シーズンから2季連続で年間チャンピオンに輝いた。国際大会で何度も頂点に立ったが、五輪の銅メダルは格別だった。

 「人生で一番うれしい。間違いない」。雪辱の舞台で確かな成長を示した。(山口裕起)