元大相撲力士で、プロレスや総合格闘技でも活躍した安田忠夫さんが10日までに亡くなっていたことが分かった。死因等は不明だが…
元大相撲力士で、プロレスや総合格闘技でも活躍した安田忠夫さんが10日までに亡くなっていたことが分かった。死因等は不明だが、関係者によると自宅で亡くなっていたという。62歳だった。
安田さんは大相撲時代「孝乃富士」のしこ名で活躍。若手の頃は同部屋同期入門の北勝海信芳や双羽黒(北尾光司)、寺尾常史、琴ヶ梅剛史、小錦八十吉らとともに「花のサンパチ組」と呼ばれた。小結まで昇進し、1992年5月場所を最後に28歳で廃業した。
その後、プロレスラーに転向し、93年6月に新日本プロレスに入門。当初は伸び悩んだが、01年にアントニオ猪木によって総合格闘技デビューを果たすと、同年大みそかの格闘技イベント「INOKI BOM-BA-YE」ではメインイベントで強豪ジェロム・レ・バンナにギロチンチョークで勝利する大番狂わせを起こした。
02年には第32代IWGPヘビー級王座も獲得。ヒールユニット「魔界倶楽部」での活動でも人気を博した。しかし素行不良のため05年1月に新日本を解雇された。以後、IWAジャパン、ZERO1-MAX、ハッスル、IGFなどでリングに上がり、11年に引退した。
「平成の借金王」の異名を取り、私生活ではギャンブル依存などのトラブルを抱えた。07年には自殺未遂騒動(都内の自宅で倒れているところをレフェリーの田山正雄に発見され、救急車で搬送された。練炭自殺説が出たが本人は否定)もあった。波瀾(はらん)万丈の人生だった。