<ミラノ・コルティナオリンピック(五輪):ジャンプ>◇9日◇男子個人ノーマルヒル決勝◇プレダッツォ・ジャンプ競技場初出場…

<ミラノ・コルティナオリンピック(五輪):ジャンプ>◇9日◇男子個人ノーマルヒル決勝◇プレダッツォ・ジャンプ競技場

初出場の二階堂蓮(24=日本ビール)が銅メダルを獲得した。1本目が131・1点、2本目が134・9点の計266点をマーク。スイス選手と並んで銅メダルは2人となった。

所属先の「日本ビール」も二階堂の活躍に歓喜した。朝から取引先などから多くの連絡が来ているといい、担当者は「バタバタ忙しくさせていただいております」とうれしい悲鳴を上げた。

不思議な縁に導かれた。スキー経験者の内田茂社長が、専大時代の同級生で、札幌スキー連盟の副会長などを務めた西川亮氏から「良い選手がいるけど、所属先がなくて、困っているからどうかな」と相談を受けたことをきっかけに22年秋にスキー部が創部。二階堂が「第1号」の社員選手として入社した。

契約時に内田社長から二階堂へ提示した言葉がある。「スキー界の大谷翔平を目指してください」。会社としても新たな挑戦。「誰からも好かれる、笑顔で好感度の高いという人間像」を求めたという。

シーズンオフの23年4月に、新人社員教育の一環で東京・目黒区の本社に来て営業担当と取引先を回るなどしたが、基本的に活動拠点は北海道。関係性はどうしても希薄になり、一時は契約終了の危機もあった。

それは大谷のような誠実さが著しく欠如していたからだった。担当者が明かす。「勝手に遠征に行って勝手に帰ってきた。連絡をよこさなかった」。会社への活動報告がなく、サポートが打ち切られることに。二階堂は24年2月、ワールドカップ(W杯)の試合がまだ残っている中、慌てて本社に戻ってきた。猛省し、何とか契約継続が決まった。

そこから2年。五輪という大舞台でメダルをつかみ、世界中に「日本ビール」をアピールすることに成功。所属先にも恩返しを果たした。

今後は、10日(日本時間11日)にノルディックスキー・ジャンプ混合団体、14日(日本時間15日)に男子個人ラージヒルが控えている。日本ビール担当者は「活躍を楽しみにしています。いつものように頑張ってほしいです」と「大谷級」の活躍を願っていた。【佐藤成】

◆二階堂蓮(にかいどう・れん)2001年(平13)5月24日、江別市生まれ。江別大麻泉小2年から競技を始め、江別大麻東中から下川商高に進学し、3年時に全国総体優勝。22年から日本ビール所属。W杯は20年2月の札幌大会でデビューし、個人優勝は1度、表彰台は7度。世界選手権は23、25年の2大会連続で出場。26年1月13日に結婚。