<ミラノ・コルティナオリンピック(五輪)開会式>◇6日◇ジュゼッペ・メアッツァ競技場【ミラノ6日(日本時間7日)】202…

<ミラノ・コルティナオリンピック(五輪)開会式>◇6日◇ジュゼッペ・メアッツァ競技場

【ミラノ6日(日本時間7日)】2026年ミラノ・コルティナ五輪が、史上初の分散型で開幕した。当地のジュゼッペ・メアッツァ競技場(サンシーロ)などで開会式が行われ、イタリア北部4会場群で同時に選手入場。発祥国ギリシャのボイコットも判明するなど、主会場ミラノでは選手不在が長かった。持続可能性が問われる中で、冬季五輪の将来を左右する「実験」の大会は、閉幕の22日まで17日間、史上最多の8競技116種目が行われ、世界92の国と地域から約2900人が参加する。日本の121人は、前回22年北京大会の18個を上回る歴代最多のメダル獲得を目指す。

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「リモート」開会式だった。氷のミラノ、雪のコルティナダンペッツォ、プレダッツォ、リビーニョを映像でつなぐ、五輪史上初の試み。コンパクト開催をうたった東京都の面積は約2200平方キロで、その10倍2・2万平方キロの4都市13会場に分かれる今回は、集合すら困難だ。サンシーロ「など」で-。そう初めて表記されたように、史上初めて開会式が分散し、選手入場も別会場で同時に。ミラノは、選手不在の時間が長い異例の光景となった。

4年前はコロナ禍。厳戒バブル下から開かれた大会に転じたはずが、物理的に難しかった。開始40分後。式典の華、選手入場が始まったが、まず伝統の先頭、発祥国ギリシャがいない…どころか98年ぶりに国旗も登場しない事態となった。

イタリアが誇る高級ブランド、モンクレールのダウンドレスを着たプラカード先導者だけが目立つ。冬季大国のフィンランド紙によると、ミラノのギリシャ選手は1人で、同国は山岳部から全選手を都市部に集めようとしたが組織委から却下されたため、ミラノ会場の行進をボイコットした。第2回の1928年サンモリッツ大会以来だという。

その後もアルバニア、アンドラ、サウジアラビア、アルゼンチンは不在。山会場の映像だけ流れ、場内は沈黙した。6番目アルメニアで「選手」が入場。ようやく歓声が上がった。34番目の日本は65人のうち森重旗手ら18人がミラノ。高梨沙羅は山間部に分かれた。細やかな映像の切り替えこそ美しく一体だったが、現地は盛り上がりに欠けた。サッカーのACミランとインテル・ミラノの本拠で、昨季は平均7・3万人を動員した聖地に空席が目立ったことも、拍車をかけた。

ただ、分散は、やむを得ない。冬季五輪の次を占う試金石だからだ。五輪招致を巡り、欧州では住民投票の末、断念するケースが増加。14年ソチ五輪で5兆円超まで膨らんだ経費、環境負荷、持続可能性に厳しい目が注がれている。バッハ氏の後継、国際オリンピック委員会(IOC)コベントリー新会長には初陣の五輪。「伝統と革新が共存できるか持続可能性を示す新たなモデル」を強調した。

宿泊施設が限られる山岳地では、選手の関係でも「1泊120万円」を提示され断念するなど、応援も観戦も容易ではない。異競技交流も難儀。開催の「分断」も是非を問われている。

38年大会はIOCがスイスと優先交渉中。その計画は、さらに広いスイス全土の13都市で行われ、選手村も倍の8カ所となる。五輪史上初めて大会名に複数都市が刻まれたミラノ・コルティナの成否が、前例に。アルモニア(調和)を掲げた開会式が終わり、競技が本格開幕する7日から、冬季五輪の未来形の「実験」も本格化する。【木下淳】

◆木下淳(きのした・じゅん)1980年(昭55)9月7日、長野県飯田市生まれ。飯田高-早大。4年時にアメフトの甲子園ボウル出場。04年入社。文化社会部時代の08年ベネチア映画祭でイタリア初出張。ミラノは2度目。東北総局、整理部、スポーツ部。23年からデスク。25年からDCI推進室とも兼務に。高校野球の甲子園は春2回夏3回。サッカーW杯は1回。五輪は夏3回冬2回。五輪パスはE、Es、ET、Ecの4種を保有している。