ピカソ戦で圧倒的なスキルとタフさを見せつけた井上。本人は反省しきりの内容だったが、彼の世界的な声価が揺らぐものではなかっ…

ピカソ戦で圧倒的なスキルとタフさを見せつけた井上。本人は反省しきりの内容だったが、彼の世界的な声価が揺らぐものではなかった(C)Getty Images
「サウジアラビアで一緒に試合することもなかったかもしれません」
サウジアラビアでの前哨戦をそれぞれクリアしたことで、井上尚弥(大橋)、中谷潤人(M.T)の直接対決に支障はなくなった。
4階級制覇王者の“モンスター”、3階級制覇王者の“ビッグバン”が激突する一戦は話題性たっぷり。昨年12月27日に行われたセバスチャン・エルナンデス戦で、中谷は確かにキャリア最大級の苦戦を味わったが、それでも、このカードの魅力は色褪せない。5月に予定される「日本ボクシング史上最大の一戦」への注目度は海外でも高く、正式発表を心待ちにしているファン、関係者は多いはずだ。
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他ならぬ井上も中谷との試合を楽しみにしているボクサーの1人なのだろう。昨年11月下旬に、筆者が日本で行ったインタビューの際、“モンスター”は4歳下の同胞戦士との対戦の価値をはっきりと認めていた。
「もちろん自分の中でもビッグファイトと捉えていますよ。彼の強さは評価しています。日本でこれだけ盛り上がるビッグファイトっていうのは、そうめったにあるものではないのでしょう」
プロ戦績32戦全勝(27KO)の井上は、現時点で引退したとしても殿堂入りは確実の輝かしい実績を積み上げてきた。中谷戦が「やり残しか」と言われたら、必ずしもそうではないのだろう。
ただ、そんな井上にとっても、対戦時点で米老舗誌『The Ring Magazine』のパウンド・フォー・パウンドのトップ10に入っている選手との激突は初。複数階級制覇を果たした日本人同士であり、東京ドーム開催が予定されていることなど、舞台設定も申し分ない。さまざまな意味で、彼のキャリア終盤を彩るスーパーファイトであるのは間違いない。
当人も前述通り、32戦全勝(24KO)で突っ走ってきた中谷の強さは認めており、少し前から今戦を明確なターゲットとして定めた感がある。その姿勢が分かり易い形で見えたのが、日本国内の年間表彰式でのマイクパフォーマンスだった。
「1年後の東京ドームで盛り上げよう」
自ら中谷に声をかけたことは、メガファイトへの巨大な推進力になった印象があった。当時の振る舞いについて尋ねると、試合を盛り上げるための“プロモーター的な視点”が頭にあったことを井上は否定しなかった。
「やるからにはしっかりと流れを作らなきゃいけないですよね。単に試合をするだけではなく、自分からも呼びかけて、試合が決まって、というストーリーを作っていきたいなと。あそこで自分が呼びかけなければ、サウジアラビアで一緒に試合することももしかしたらなかったかもしれません。彼がスーパーバンタム級に上げてくるにしても、こんなに早い時期にはならなかったんじゃないでしょうか」

表彰の舞台で、揃い立った中谷に向かって対戦を求めた井上(C)産経新聞社
目論見通りに進みつつあるシナリオ
井上は以前から現役引退後に大橋ジムの大橋秀行会長の跡を継ぐような形でのプロモーター、あるいはマネージャー的な仕事をしたいという意向を述べていた。ゆえに最近では舞台設定にもこだわっている印象があるが、中谷戦に向けたストーリー作りは“モンスター・プレゼンツ”とでもいうべきか。
実際、その目論見通りにシナリオは進みつつある。5月の決戦が予定通りに実現すれば、5万人前後の観衆を収容する東京ドームは特別な雰囲気になるはずだ。
ただ、“演出家”としての部分が強調されても、肝心の試合に対する準備がおろそかになることはあるまい。ご存知の通り、相手が強いほど、舞台が大きいほど真価を発揮するのが“モンスター”である。オマール・ナルバエス(アルゼンチン)、エマヌエル・ロドリゲス(プエルトリコ)、ファン・カルロス・パヤノ(ドミニカ共和国)、そしてノニト・ドネア(フィリピン)との再戦やスティーブン・フルトン(米国)でも証明してきた“勝負所”と呼ぶべき一戦での強さは圧巻。昨年9月に行ったムロジョン・“MJ”・アフマダリエフ(ウズベキスタン)戦でのほぼ完璧なアウトボクシングで改めて示された感があった。
誰よりもボクシングをよく知る井上は、前哨戦で大苦戦を味わった後だろうと、中谷を軽視はしないはずだ。選手によって、新階級に馴染むための時間は必要になる。対戦時点で20戦全勝(18KO)という立派な戦績を誇っていたエルナンデスとのノンタイトル戦は、中谷にとって適応のための実戦だった。ここで自身に足りないものを知り、“ビッグバン”はさらに成長するのだろう。
井上もまさにその姿を想定し、中谷戦でリングに上がる際には最高の状態を作ってくるに違いない。
「日本が盛り上がる試合を自分は実現させていきたいと思っている。日本のファンの皆さん、期待はしていてください」
昨年12月27日のアラン・ピカソ(メキシコ)戦後、井上がリング上で残したそんな言葉を聞くまでもなく、5月のメガファイトに期待しないスポーツファンは国内外に存在しないだろう。
中谷戦は前述通り、「キャリアで絶対必須」の戦いではなかったとしても、リング内外の演出家として、そして世界最高のクラッチボクサー(勝負強い選手)として、井上にとっても集大成の一戦という捉え方もできるのかもしれない。
決戦へのカウントダウンはもうすぐ始まる。“モンスター”がこれまででも最大級に輝くその瞬間を、世界中のボクシングファンが待ち受けている。
[取材・文:杉浦大介]
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