北朝鮮出身の柔道家で、韓国代表の選手、コーチとして活動した李昌寿(イ・チャンス)さんが20日、心臓発作で死去した。58歳…

北朝鮮出身の柔道家で、韓国代表の選手、コーチとして活動した李昌寿(イ・チャンス)さんが20日、心臓発作で死去した。58歳。韓国メディアが、遺族や大韓柔道会の話として一斉に伝えた。

1967年に生まれ、エリート選手に。86年の世界ジュニア選手権や87年の世界選手権で日本の古賀稔彦に敗れたものの、世界的に活躍した。89年の世界選手権は銅メダル。高級車などを送られる好待遇だった一方、運命が暗転したのは90年の北京アジア大会(中国)だ。ライバル韓国の選手に敗れて銀メダルに終わったことで「炭鉱送り」にされ、強制労役を強いられたことをきっかけに脱北。主将として参加した91年の世界選手権後、帰国途中の経由地ドイツから韓国に亡命した。

その後、日本メディアの取材にも応じ「北朝鮮スポーツ界では幹部への賄賂が横行し、重量挙げ競技では筋肉増強剤が使われている」などと祖国を告発していた。

韓国に渡った後は、台湾の女性柔道家と結婚し3男に恵まれた。92年バルセロナ五輪の代表2次選考会で敗れ、韓国代表として五輪に出る夢は破れたが、引退後は同国代表のコーチに。21年東京オリンピック(五輪)の経験を花道に、第一線から退いていた。