エルナンデスとの打ち合いで、ダメージを負った中谷。そのパフォーマンスは一部で物議を醸した(C)Getty Images中…

エルナンデスとの打ち合いで、ダメージを負った中谷。そのパフォーマンスは一部で物議を醸した(C)Getty Images
中谷の井上戦での優位性は?
昨年12月27日にサウジアラビアで行われたセバスチャン・エルナンデス(メキシコ)戦で、3階級制覇王者の中谷潤人(M.T)はキャリア初の大苦戦を経験した。
終盤にタフなメキシカンに押しまくられた28歳の見せた試合内容は、“あわや初黒星か”と感じさせたほど。3-0の判定勝利で生き残りはしたが、今春に予定される井上尚弥(大橋)との決戦に意気が上がる内容ではなかった。
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中谷にとっては、スーパーバンタム級での最初のテストマッチだった。“ビッグバン(中谷の愛称)”の今後に不安を感じたファンも少なからず存在しただろうし、もともと謙虚な中谷自身も素直にこれまでとの違いは認めていた。
「バンタム級でなら倒せていたタイミングはいくつかあったと思うけど、この階級での相手の耐久力であったり、そういったものを感じながら戦っていた。そこらへんは(階級の壁があると)思われるのは仕方がない」
筆者は戦前、この試合の見どころを、新階級で中谷が繰り出す“パンチの効果”と“パンチを浴びた時の反応”だと考えていた。そういう意味でも、過去3階級で異彩を放った強打の効きがやや目減りした感があったのは気にかかる。エルナンデスが異常にタフだっただけの可能性もあり、1戦だけで決めつけるべきではないが、これまでのような支配的な強さを保てるかどうかの証明は持ち越しになったと考えるべきだろう。
今後の中谷の成長度を計算した上でも、直接対決が数か月後に組まれるとすれば、やはり井上が優位と目されてしかるべきではある。
長身サウスポーの中谷は誰にとってもやりづらい選手だが、井上は対応力が半端ではない。パワーパンチャーとしての能力が強調される傾向にあるが、階級を上げても連戦連勝を続ける過程でさまざまな戦い方を披露し、総合力の高さを証明してきた。多少の被弾、ダメージを受けても、そのアジャストメント能力に影響がないのは特徴の1つ。つまり少なからず効いた状態でも適応できるのだから、相手にとってはこれほど手強いものはない。
「イノウエとナカタニの試合がどのような展開になるかを判断する上で、ナカタニとエルナンデスの試合にあまり大きな意味はない。イノウエはエルナンデスのようなスタイルで戦う選手ではないのだから。ただし、急激な衰えなどの不測の事態が起きない限り、イノウエは動きも判断もまったく別次元のスピードで機能している」
ベテランボクシングアナリストのクリフ・ロールド記者が自身のXにそう残していた通り、実際にスピードでは井上が上回っている。バンタム級以降の中谷はややパンチに溜めを作りがちな印象もあり、稀有なタイミングの良さを誇る“モンスター”にそこを突かれるシーンも多いのではないか。対サウスポーの経験も豊富な井上が、序盤から順調にポイントをピックアップしていく可能性が高そうではある。

中谷とのビッグファイトが期待される井上。彼の中でも後輩王者との戦いは確かな場所に位置付けられている(C)Getty Images
日本史上最大のビッグファイトで問われるもの
一方、“モンスター”に突っ込みどころがあるとすれば、依然として相手の左パンチを浴びがちなこと。ルイス・ネリ(メキシコ)、ラモン・カルデナス(米国)戦では、左フックでダウンを喫し、最新のアラン・ピカソ(メキシコ)戦でも最終ラウンドに被弾してヒヤッとさせるシーンがあった。
もちろん、中谷は長く、そして強い左を持っており、この一打をどう当てるかがポイントの1つになる。かといって、左だけを狙っていてもなかなかうまくいかない。強打を見舞うためには当然ながら左以外のパンチバリエーションも重要になってくる。
「井上選手との対戦で互角以上に戦うためには、たくさんの引き出しを用意しておく必要と、その一つ一つの精度を上げることが大事になると思っています」
2025年春の取材時に残していたそんな言葉を聞くまでもなく、ルディ・エルナンデス、岡辺大介という聡明なトレーナーを抱える中谷も丁寧な策を練ってくるに違いない。スピード、パンチのキレで上回る井上にポイントを奪われても、一時的にダメージを負うことになっても、対抗し得るだけの多彩さが必要。苦境に置かれて的確に引き出しを開けるためには、心身のスタミナは絶対必須だ。
そう考えていくと、前戦のエルナンデス戦は厳しい試練ではあったとしても、中谷にとって価値のある経験だったのではないかとも思えてくる。特に井上戦に真っ直ぐに向かうのであればなおさら。28歳のビッグバンがさらに一皮剥けるためにはこういった激闘が必要だということは、他ならぬ“モンスター”自身が指摘していたことでもあったからだ。
昨年1月、横浜で行ったインタビューで井上は中谷をこう評していた。
「彼の強さは認めています。あの身長で、力強さもあります。ボクシングを見る限り頭もすごくいいなと思いますし、いい選手ですね。ただ、彼はこれといった大きな一戦や激しい戦いをまだ経験していない。今後を考えた上で、激戦の経験がないというのは不安な要素なんじゃないかなとは思います。それを除けば強い選手だと思います」
井上のボクシング眼には常々感心させられ、後に発言を思い出してゾクっとさせられることも少なくないが、ここでの言葉もそのうちの1つである。百戦錬磨の“モンスター”は、中谷が遠からず、厳しい戦いに直面するとほとんど予見していたようでもあった。それと同時に、苦戦を糧にした後輩王者がさらに強くなるのも予想しているのではないかと思えてくる。
そんな井上の見立て通りなら、「最強の男」と戦う前の中谷がエルナンデスのようなタフガイに直面した意味はやはり大きかった。より軽めの相手に序盤KOであっさり勝つのではなく、思い通りにならない時間の経験に意味を感じる時は必ずやってくる。さてその瞬間は、次戦で訪れるのかどうか。
下馬評では不利と目されるはずの中谷は、修羅の時間の中で自身の武器を活かす術をどう見つけるか。日本史上最大のビッグファイトは、総合力、忍耐力、心の強さなど、本当にさまざまなものが問われるステージになるのは間違いないのだろう。
[取材・文:杉浦大介]
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