T−岡田が解説する阪神・佐藤輝明のバッティング 左打者にとって不利とされる甲子園で、昨シーズン、佐藤輝明が40本塁打を放…

T−岡田が解説する阪神・佐藤輝明のバッティング

 左打者にとって不利とされる甲子園で、昨シーズン、佐藤輝明が40本塁打を放った。これまで阪神の左打者で40本塁打に到達したのは、掛布雅之氏、ランディー・バース氏、金本知憲氏、クレイグ・ブラゼル氏の4人しかおらず、この数字がいかにすごいかがわかる。では、佐藤のバッティングの何が変わったのか。現役時代、本塁打王に輝いたT−岡田氏が、その成長を技術的な視点から紐解く。


昨季、本塁打王、打点王の二冠に輝いた阪神・佐藤輝明

 photo by Koike Yoshihiro

【吉田正尚と重なる手の早さ】

── 佐藤選手は入団してから技術的な課題も多く指摘されてきましたが、昨年は40本塁打、102打点で二冠王に輝くなど圧巻の成績を残しました。その成長を岡田さんの目にどう映っていましたか。

岡田 なにより左バッターで、甲子園を本拠地にしながら40本塁打を放ったのは見事です。本拠地がどこかによってホームラン数は大きく変わりますが、昨年はナゴヤドームでも逆方向に打ち込んでいましたよね。そういう意味では、もはや怖いものなしと言っていいのではないでしょうか。

 見た限りですが、まず昨シーズンは打つべきボールを確実に打てる率が上がったのではないかと思います。難しいボールに手を出すのではなく、打てるボールをしっかりヒットやホームランにできる割合が高まった。40本のホームランの映像を見ても、甘い球を確実に捉えていたという印象があります。

── 佐藤選手は187センチ、95キロと、現役時代の岡田さんとほぼ同じです。

岡田 サイズの違いはさておき、バッターのタイプとしての僕との違いは、佐藤選手は手の使い方が早いバッターだということです。一昨年までの印象と比べても、特に昨シーズンは「手が早くなったな」と感じました。

── 手が早いというのは?

岡田 わかりやすく言うと、左打者が打ちにいく際、ステップした右足が地面に着いた瞬間にすでに振りにいっていて、バットが出てくる感じです。もちろん、ステップと同時に振ってしまうと体が突っ込んでしまってよくないので、ほんの一瞬の「間(ま)」はあります。ただ、その間を置いてからの手の動きがとにかく早い。足が着いて、一瞬の間があって、すぐにスイングが始まる、というイメージです。

 前の年までは、その「間」がもう少し長かったというか、手がやや遅かった。オリックスで一緒にプレーしていた吉田正尚(レッドソックス)も、手が早い選手でした。イメージとしては、足が着くと同時、いや、着く直前にはもう手が動き出しているくらいです。僕自身はどちらかと言えば手が遅いタイプで、早くしたいと思っても、なかなかできなかったですね。

── 手が早いメリットはどこにありますか。

岡田 たとえば、ピッチャーの投げたボールが近づいてくるなかで、「真っすぐだ」と思えば、その時点で反応できる。僕も調子がいい時はそれができたのですが、基本はできなかった。手を意識しすぎると、体が先に行ってしまい、突っ込んでしまうこともありました。僕のなかでいいバッターの多くは、手が早いというイメージがあります。

── 佐藤選手もその特徴があると?

岡田 ありますね。あと、手といえば、佐藤選手は打ったあとに左手をバットから離しますよね。これも僕はできなかったし、正直、なぜ手が離れるのかわからなかった。そういえば、(吉田)正尚も左手を離しますよね。泳がされて、ボールを拾いながら打つ時に手が離れるのはわかるんですけど、完璧なホームランを打った時に離れるというのは、いまだによくわからないです。

【多種多様なスイング】

── 佐藤選手のバッティングを見て、ほかに気づいたことはありますか。

岡田 スタンスが狭いということです。構えた時というより、ステップして足を踏み出したあとのスタンスが狭い。構えからほとんど広がらない印象があります。ラオウ(杉本裕太郎/オリックス)もそうなんですけど、なぜそれであれだけのパワーが出せるのか不思議なんです。

 ステップ幅が広いと、インパクトの瞬間に体重をボールにぶつけて飛ばせる感覚はわかるんです。僕がそうでしたから。でも、スタンス幅が狭いまま飛ばせる理屈がどうしてもわからない。ラオウの打撃練習を見ていると、ステップ幅は構えた位置とほぼ変わらないのに、それでも簡単に飛ばしますからね。

── 佐藤選手は足の上げ方も小さくなっていました。

岡田 すべての動きから無駄が削ぎ落とされていった、ということなのでしょうね。たしかに、バットの上げ幅も小さい。構えも動きも全体的にシンプルになっていくなかで、打てるボールを確実にとらえる確率が高まったということだと思います。

── 佐藤選手のホームラン映像を見ると、いろんな形で打っている印象があります。きれいに振り抜いて豪快に飛ばしている時もあれば、高めの球に対して払うようにバットを出してスタンドまで運んだり、それこそ大谷翔平選手の時に話した"シャンク"でレフトスタンドに持っていったり......。

岡田 バンテリンドームでも逆方向に打ち込んでいましたし、打球方向もライトのポール際からレフトのポール際まで本当に幅が広い。ホームランのバリエーションも豊富ですし、左投手のインハイをさばけている場面もありました。見ていると、やはり佐藤選手はポイントが近い。手が伸びきらない位置でボールを捉えて、打球を飛ばしている印象があります。

── いろいろな打ち方ができるのは、それだけで有利?

岡田 それがいいのは間違いありません。相手が投げてくるボールにどれだけ合わせられるかの勝負ですから、多くのスイングができるというのは大きな強みです。最近は、若い選手のなかにも自分勝手なスイングをする人が多いように感じますし、子どもたちを教えていても同じことを感じます。「僕はこの打ち方しかしません」というタイプですね。そうなると、どこに投げられてもスイングがワンパターンになり、打てないコースは何球振っても打てない、ということになってしまうんです。

── 「打てるコースを確実に打てるように」という言葉を誤解しているのでしょうか。

岡田 どうですかねぇ......。今は教科書が動画ですからね(笑)。どういう原因なのかはわかりませんが、たとえばトスバッティングと同じで、インハイに来たらバットをこう出して返す、アウトコースならヘッドを効かせてこう返すというように、いろいろなバットの出し方を覚えていかないと、打率も上がらないですし、ホームランも増えないのは確かだと思います。

【追い込まれるまでに勝負できるか】

── 佐藤選手は一発の魅力がある一方で、三振が多いことが以前から指摘されてきました。昨季も163三振はリーグ最多。三振については、長距離砲の宿命みたいなところもありますが、岡田さんがどう考えていましたか。

岡田 よく「事を起こせ」「事を起こさなあかん」と言われていましたね。バットに当てないと、何も起きないという意味です。そこが難しいところで、「凡打なら三振も同じ」「三振OK」と割りきる考え方もあります。一方で、「事を起こしてほしい」と首脳陣が思う理由も理解できます。ただ、事を起こそうと当てにいった結果、詰まってゲッツーになることもありますし、本当に難しいところですね。

── 吉田正尚選手は、追い込まれると完全にスタイルを変えて、確率を上げるスイングに徹していました。

岡田 それがしっかりできれば強い。でも、簡単なことではありません。正尚は頭も使っていましたね。追い込まれると、真っすぐはファウルでいいと割りきってカットし、相手に変化球を投げさせるようと駆け引きするところもありました。ただそれができるのも、先ほど話した「手の早さ」があってこそです。途中で「真っすぐや、カットしよう」と判断して、実際にできる。これができるかどうかで、ほんと変わってくると思います。

── そう考えると、手が早い佐藤選手も、今後は長打の魅力をなくすことなく、三振数が減っていくイメージも湧いてきます。

岡田 三振も考え方ですけど、ここからまたどうなっていくかですね。

── 三振の話題にもつながりますが、今の日本球界は落ちる球全盛の時代です。そうした球種への対処法について、どのように考えていましたか。

岡田 まず、落ちる球は打つ球じゃないです。しっかり見極めて、見送れたらいいんですけど、それがなかなか......(笑)。ただ手の早さがあれば、対応の幅が広がる部分はあるでしょうね。僕は基本的に真っすぐに対応できるよう頭に置きながら、変化球が来たら泳ぎながらでも拾って対応しようというタイプでした。そこに配球も勉強して、ある程度は割りきっていこうという意識でやっていました。

── そう思うと、「三振OK」と言ってくれる監督のほうが、打者とすれば楽に打席に立てますよね。

岡田 そうですね。あとは追い込まれる前に勝負するということですね。

── 追い込まれるほど打者が不利になることは、データからも明らかです。

岡田 一軍で勝っている投手、勝ち試合で投げてくるリリーフ投手が相手だと、追い込まれてからではやはり厳しいですよね。追い込まれた場面でどう対応するかも大切ですが、その前に打てる球をいかに高い精度で捉えられるかが重要です。昨年の佐藤選手も、詳しく分析したわけではありませんが、いい結果が出ている打席は勝負が早かったのではないでしょうか。投手のレベルが上がっているだけに、打てる球を確実に打つ。今年も、そこが大事になってくると思います。

T−岡田(本名:岡田貴弘)/1988年2月9日、大阪府生まれ。履正社高から2005年の高校生ドラフト1巡目でオリックスから指名を受け入団。プロ5年目の10年、ノーステップ打法でブレイクし、33本塁打を放ち初のタイトルを獲得。翌年は開幕4番を任されるも16本塁打に終わる。21年は17本塁打を放つも、翌年はケガもあり1本塁打。23年はチームが3連覇を果たすなか、0本塁打に終わった。24年シーズン限りで現役を引退。現在はオリックスの球団アンバサダーの傍ら、解説者としても活躍中