球界の高速化が止まらない。今や高校生が150キロ台を投げることも珍しくなく、打者はかつてないスピードへの適応を求められて…

球界の高速化が止まらない。今や高校生が150キロ台を投げることも珍しくなく、打者はかつてないスピードへの適応を求められている。こうした球速全盛の現代において、広く認知されているのが、顔の前に出した親指を目で追うトレーニングだ。動体視力を鍛える方法として知られ、学生スポーツからプロの現場まで浸透しつつある。しかし、その本質を正しく理解し、競技力向上に結び付けられている選手は、果たしてどれほどいるだろうか。

「人が外界から得る情報の約87%は視覚によるものだと言われています。だからこそ、視覚機能へのアプローチは非常に重要なんです」

 そう語るのは、第1回WBCでサポートメンバーとして日本代表に帯同した経験を持つ藤嶺 典優さんだ。現役時代には駒澤大で大学選手権優勝を果たし、社会人野球でも主力選手として活躍。都市対抗野球大会など、国内最高峰の舞台を経験してきた。1994年の広島アジア大会では日本代表として金メダル獲得に貢献するなど、トップレベルの競技実績を持つ。藤嶺さんもビジョントレーニングの重要性を提唱しているが、それは単なる「眼球運動」や「目のストレッチ」だけを指すものではない。

「ビジョントレーニングの目的は、目を動かすことそのものだけではありません。視覚から得た情報を正確かつ素早く脳に伝え、判断し、最終的に身体の動作へとつなげる一連の機能を高めることにあります」

 つまり、ビジョントレーニングとは「見る力」を鍛えるのではなく、「見て、認知し、判断し、動く」までの情報処理プロセス全体を強化する。「目を動かすこと」はあくまで入り口であり、視覚情報を脳がどのように処理し、他の感覚と統合してパフォーマンスへと変換していく。その精度とスピードを高めることが、競技力向上には不可欠だという。

 野球という競技は、投球や打球の速度だけでなく、グラウンドコンディション、走者の有無、守備位置など、刻々と変化する環境への即時対応を求められる。ここで重要な役割を果たすのが「周辺視野」だ。正面を注視した際に、焦点が合っていないにもかかわらず、動きや存在を感知できる視野領域を指す。選手はこの周辺視野から得られる情報を基に、「何かが動いている」「空間が変化している」といった感覚を無意識のうちに処理し、打撃や走塁、守備動作へと反映させている。

 藤嶺さんは、この周辺視野の重要性について次のように語る。

「昔から『最後までボールをよく見て打て』と言われますが、実際にはインパクトの瞬間までボールを視覚的に追い続けることには限界があります。むしろ重要なのは周辺視野を使って全体を捉えること。一点に過度に集中するのではなく、ざっくりと、ぼんやりと空間全体を認識し、そこに過去の経験や予測を重ねることで、結果として正確な動作につながるんです」

 視覚情報と経験則を結び付け、瞬時に最適解を導き出す能力――。それこそが、現代野球において求められる「見る力」の本質だ。藤嶺さんの提唱するビジョントレーニングは、その基盤を鍛えるための有効な手段であり、こうした考え方は、プロ野球選手のみならず、次世代を担う選手たちにとっても重要な示唆を与えている。