晩年は『ジャンボ尾崎ゴルフアカデミー』で後進の育成に励んだ photo by Kyodo News追悼:尾崎将司(後編)…

晩年は『ジャンボ尾崎ゴルフアカデミー』で後進の育成に励んだ photo by Kyodo News
追悼:尾崎将司(後編)
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【世界ナンバーワン スコッティ・シェフラーに似た無常観】
研修生に対する優しさを指摘すると、あの人特有の偽悪的な口調でこう言うのだった。
「そりゃあ、優しい気持ちは常に持っているよ。でもそれだけじゃダメだからね。だから怒鳴りまくってるんだ。飴と鞭だよ。その鞭が俺のストレス発散、気分転換だよ(笑)」
じゃあ自分への鞭は何ですか、と訊くと、「え、これだよ」とクラブを振り上げ、練習であると示唆する。
「でも、段々と自分への鞭が掛かりづらくなってくるんだよな」
鞭が掛かりづらくなっているのは、体力的なことばかりではない。聞けば、無敵の強さが招くある種のジレンマがそこにはあった。名人と言われる陶芸家が、自身では納得していない作品が高く評価されてしまうのと同様に、自分が納得しなくても勝ててしまうというジレンマだ。そうなると、もっと強くなろう、最高のモノを作ろうという"自分への鞭"が、入りづらくなるというわけだ。
「段々と、やっていても思っているとおりになって、自分のこれからの展開がだいたい見えてくる。だから、勝って帰ってきたって(優勝の余韻は)その夜まで。夜っていうか、飛行機のなかではもう覚めている。次にやることを探すんだから。それが次の自分を作るのに必要なことで、体がそうなっちゃっているんだ。余韻がないんだもん。でも、だからこそ前に進めるんだ」
昨年の全英オープンの開幕前の記者会見で、現世界ランク1位のスコッティ・シェフラー(米国)は、「勝ったとしても狂喜するのはほんの数分だけで、次の週の大会に行くことになる。優勝して得られる高揚感はほんの数分しか続きません。心の底から満たされるわけではない。すぐに今夜はなにを食べようかって思うんです」というコメントをして世界を驚かせた。
その30年も前に、ジャンボ尾崎はまったく同じように、常勝者だけが感じる心の空白のようなものを感じていたのだ。
【絶頂期にいちばんうれしかった賞とは】
その話を聞いて、この人は優勝をする度に幸福感が希薄になるのではないかと思い「やはり辛い道を歩いているように思えますが」と再び言うと、今度は諭すような調子で答えた。
「いや、そんなことはない。それは違う。自分という存在を作れたことには常に感謝している。だからそれに逆らわないように生きること。それは辛さじゃないんだよ」
そして、こんなエピソードを滔々と話すのだった。
「俺はね、あんまり感激したりすることがない。割合と冷めている人間だからさ。ただ、去年(1996年)いろいろな賞をもらったなかでひとつだけ、本当にうれしいなと感じた賞があったんだ。それは、ある市の人たちが選ぶ賞で、その賞の名前が『今年一番幸せであった人』。男ひとり、女ひとり、スポーツから芸能、いろんな人のなかから選ばれる。それに俺が選ばれたんだ。
恵まれない人はたくさんいるわけだしね、世の中には。そういう人たちが、ジャンボ尾崎みたいになりたい、ああいう幸せな人になりたいっていうね。もちろん、ひがみがあったり妬みがあったり中傷があったりするのが世の中だけど、俺が幸せだって思っている人たちもいるんだよ。だから、自分を磨いていくことは必要なんだ」
ここでもまた、恵まれない人や普通の人に思いを寄せ、そういう人たちから幸せな人生を歩んでいると思われているのだから、自分には辛さなどないし、今後も研鑽を深めていこうと言ったのだ。
日本ゴルフ史上最強のプロゴルファーであり強面で通っていた『ジャンボ尾崎』という人間が多くの人からの支持を得たのは、その強さだけではなく、人に寄り添う人情のようなものをファンが感じ取っていたからだろう。プロ通算100勝を挙げた96年に数々の表彰を受けたなかで、このつつましい『今年一番幸せであった人』という賞に対して、感激をすることがないという人が「本当にうれしい賞だった」と言ったのだ。
人から見られているとか注目されているというのは、煩わしくないですかと訊くとその返答はこうだった。
【1%の『ジャンボ尾崎』と99%の『一般ピーポー』】
「そりゃあ当然、そういうことだってある。プロゴルファー『ジャンボ尾崎』と、人間・尾崎将司とじゃあ違うと思うしね。24時間、ジャンボ尾崎じゃないんだから。家に帰れば普通の人間に戻るわけだから。ゴルフをやっている時は、自分の1%かもしれない。その1%のゴルフの能力は誰にも負けないと思ってるけど、でもあとの99%は並以下かもわからないしね。
だから、24時間威張ることはないんだよ。自分の持っている1%だけにはプライドと信念をもって歩んでいくことが大事なんだよ。あとの99%は一般ピーポーだから(笑)」
冒頭の『人は死して名を残す』の起源は『虎は死して皮を留め、人は死して名を残す』という故事成語である。尾崎将司という人間は、1%の『ジャンボ尾崎』のために生きたのかもしれない。
そして、死して『ジャンボ尾崎』として偉大な記録や試合で見せた強さの記憶を日本のゴルフ界に留め、この時代に、最強にして人々に愛された『ジャンボ尾崎』であり『尾崎将司』として、その名を残したのだと思う。