蹴球放浪家・後藤健生も、旅先で悩むことがある。食事がマンネリ化してしまうのだ。外食になるため、特に外国では無難なものを…
蹴球放浪家・後藤健生も、旅先で悩むことがある。食事がマンネリ化してしまうのだ。外食になるため、特に外国では無難なものを選びがちになる。だが、アジアで初めてワールドカップが開かれた年、蹴球放浪家は自分に難問を課した。地元メシによる自分の食事の「完全制覇」だ。
■山村で山羊肉と出会う
もう、暗くなっていました。
タクシーが村に到着すると、あちこちの店からおばさんたちが飛び出してきて、「うちに来い」と腕を引っ張ります。かなり、強引な客引きです。
別にどこの店に行っても、変わりはないでしょうし、どこがいいのだか、情報もありません。あまりに強引な客引きは嫌だったので、ちょっと大人しい感じのおばさんについて行くことにしました。
店(レストラン)というより、普通の農家のようなところで、その離れみたいな座敷に通されました。テーブルの上には大量の「パンジャン」(キムチなどのおかず類)が並べられましたから、それをつまみながらソジュ(韓国式焼酎)を飲んで待っていると、メインのフギョムソ(黒山羊肉)の皿が運ばれてきました。
山羊肉は、沖縄を除く日本ではあまり食べる習慣がないようですが、中東や中央アジアなどではポピュラーな食材です。味はしっかりしていて、脂は少な目といった印象です。
その黒山羊をつつきながら、またソジュのグラスに手が伸びます。こうして、山村の夜は静かに更けていきました。
■韓国に焼肉奉行は存在せず
韓国ではカルビやプルコギは牛肉で、豚肉のテジカルビやサムギョプサルも有名ですが、やはり山羊肉は珍しく、味も違っていてとても美味しくいただきました。
ところで、黒山羊の肉は皿に盛られた形で提供されました。
日本で「焼肉」というとテーブルで客自身が焼きながら食べるのが普通で、焼き方にうるさい「通」または「焼肉奉行」が現われて閉口することになったりします。
韓国でも、焼肉類はテーブルで焼きながら供されます。
ただ、日本と違うのは肉がかなり大き目なブロックの形で出てきて、店員が焼き加減を見ながらちょうど良いタイミングで大きなはさみを持ってきて、肉を切り分けてくれることです。つまり、「奉行」さまは、あまり活躍の機会がありません。韓国人は鷹揚ですから、肉の焼き方について細かくうんちくを傾けるような人はあまりいません。
しかし、黒山羊村では厨房で焼いた肉が皿に盛られて出てきたのです。
昔は、韓国では焼肉はこういうスタイルで提供されていたそうです。テーブルの上で焼くというのは、むしろ、第2次世界大戦後の日本で始まった方式で、その後、グリルや煙を除去するための排煙装置が発明されます。そして、それが“逆輸入”の形で韓国にも広がったという話です。
■石焼ピビンパも新しい発明品
土地の名物料理というと、何百年も前から存在するように思ってしまいがちですが、実は、最近の発明だったという例はいくらもあります。テーブルの上で、客の目の前で(あるいは客自身が)焼きながら食べる焼肉というのもその一つでしょう。
韓国に行ったら、石焼ピビンパを食べると思いますが(日本の韓国料理屋でも定番メニューの一つでしょう)。これも、第2次世界大戦後に始まったものです。ピビンパというのは、昔からあった料理ですが、それはごはんの上に野菜や肉などの具を乗せて、それを(徹底的に)混ぜ合わせて食べる食事で、ジュージューいっている石釜を使って熱々のままで食べるというのは最近の(数十年前に始まった)食べ方なのです。
昨年の夏、E-1選手権の後、韓国各地を旅行したとき、僕は梵魚寺を訪ね、ついでに黒山羊村にも立ち寄ってみました。25年前には「知る人ぞ知る」隠れ家的な場所のようでしたが、今では普通のレストランや食堂、カフェが並ぶ普通の旅の目的地になっているようでした。