大谷をエンゼルスへと引き入れたエプラー氏(C)Getty Images いまやお茶の間のヒーローと化し、その一挙手一投足…

大谷をエンゼルスへと引き入れたエプラー氏(C)Getty Images

 いまやお茶の間のヒーローと化し、その一挙手一投足が国際的な関心事となる大谷翔平。2023年12月にドジャースと10年総額7億ドル(約1015億円=当時のレート)というエポックメーキングな契約を交わし、「球界の顔」となった彼だが、メジャー挑戦当初の評価は今ほど確固たるものではなかった。

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「(メジャーで)最初の開幕週、いや春季キャンプの頃から正直に言えば、あまり良くなかったんだ。とにかく色々あったんだ……。内部も含めて周囲は『この男(大谷)は本当にメジャーでやれるのか?』っていう疑問や不安で溢れていた」

 MLBの公式ネット局『MLB Network』の番組で、しみじみと語るのは、2017年にエンゼルスでGMを務めていたビリー・エプラー氏だ。

 花巻東高校時代から「二刀流スター」として世間の耳目を集めた大谷を、熱心にスカウトしていたというエプラー氏は、日本ハムで実績を積み上げていた投打二刀流に対する当時の評価について「投手としては明確だったんだ。私はスティーブン・ストラスバーグ(元MLBドラフト1位投手)との比較もしていたぐらいだ」と回想。その上で、打撃面での懸念から「彼は将来どうなるんだろうと迷いもあった」と証言した。

「走塁はストライドが大きく、滑らかで、最高という印象だった。そこに問題はなかった。ただ、当時に彼がOPS1.000を叩き出すようなスラッガーになる予想をしていたかと言われれば、していなかった。メジャーで平凡以上の打者にはなれると思ってはいたが、『最高の打者』になる予想を立てるのは本当に難しかった」

 疑問はエンゼルス内にもあった。それでも「僕らは長年、投手としても、野手としても、彼をスカウティングしていたし、あの才能が本当に欲しかった」と語るエプラー氏は獲得を進言。交渉の場では「どう起用するかに焦点を当てた。僕らはとにかく彼にとってやりやすい環境を作ることを約束した」という。

 球団全体で本気となった熱心な勧誘の成果もあり、大谷を口説き落とした。そんな歴史的な交渉をエプラー氏は、こう振り返っている。

「誰も経験したことがない挑戦をしようとしていた彼は自分自身を僕らに託してくれた。自分を支えてくれ、と。ショウヘイは多くのものを捨ててメジャーリーグにやってきた。他の誰も比べ物にならないほどにね。

 あの時点で、彼は2年も待てば、大金を手に出来ていたかもしれないし、そもそも別の球団を選ぶことだってできたはずなんだ。だけど、彼はエンゼルスを選んだ。僕らはあの時に一枚岩になって、メディアや他の選手が抱く疑問や不安から彼を守る決意をした」

 そこから9年。大谷はメジャーリーグでも投打二刀流を確立し、唯一無二の存在となった。まさに時代の寵児となった男の現況は、「君はチームの中心になるんだから、雑音なんか気にするな。僕らは君を信じている」(エプラー氏談)と支え続けた人たちの想いの賜物とも言えよう。

[文/構成:ココカラネクスト編集部]

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