中山金杯は95年まで金杯(東)というレース名だったが、東西で行われる金杯を区別するため、96年に現在の名称となった。…

 中山金杯は95年まで金杯(東)というレース名だったが、東西で行われる金杯を区別するため、96年に現在の名称となった。ただ、この年は前年に続いて中山競馬場の改修工事が行われていたため、年明けは東京競馬場での開催に。したがってレース名変更初年度は中山ではなく東京での施行となった。そんな節目の一戦を振り返る。

 この年の中山金杯は明け4歳の2頭の一騎打ちムードだった。1番人気は2.4倍でベストタイアップ。500万下、900万下、1500万下と3連勝中の上がり馬である。続く2番人気が2.9倍でホッカイルソー。こちらは皐月賞と日本ダービーが4着、菊花賞が3着の実績馬。どちらが重賞初制覇を果たすかがレースの注目点だった。

 レースは伏兵のシャンソニエールが逃げて、前半1000mが60秒2のスローとなった。ホッカイルソーは中団の前寄り。これをマークするようにベストタイアップが運んだ。迎えた直線、先行したウインドフィールズが粘り込みを図るが、ホッカイルソーが並びかける。その瞬間、先行勢を一瞬で捕らえたのがベストタイアップだった。横山典弘騎手の叱咤に応えて鋭伸。あっさりと先頭に立ち、終わってみれば1馬身半差の完勝で重賞初制覇を果たしたのだった。

 翌年も中山金杯を制し、レース史上初の連覇を成し遂げたベストタイアップ。残念ながらGIタイトルには届かなかったが、その切れ味は多くのファンの記憶に残っているに違いない。