“ジャンボ”こと尾崎将司氏が死去したニュースは海外でも報じられた。AP通信は日本での圧倒的な活躍を伝えるとともに、19…
“ジャンボ”こと尾崎将司氏が死去したニュースは海外でも報じられた。AP通信は日本での圧倒的な活躍を伝えるとともに、1972年「ニュージーランドPGA選手権」が海外での唯一の優勝だったことから過小評価されることもあったとしながら、世界ゴルフ殿堂入りした輝かしい足跡を紹介した。
通算49度出場したメジャーでは最終日最終組をプレーした1989年「全米オープン」の6位が最高成績だったことにも触れた。日本人プレーヤー初の世界ゴルフ殿堂入りを果たした青木功、2021年に日本人初の「マスターズ」制覇を成し遂げた松山英樹にも影響を与えるパイオニアとしてたたえた。
米ゴルフダイジェストは「ジャンボ」の愛称やプロ野球を引退してから始まった異例のキャリアにも着目。現在でも青木と2人しかいない日本人の世界ゴルフ殿堂入りに際して「唯一、悔やむとすれば海外でより多くプレーできなかったこと。それでも私は生涯を日本のゴルフに捧げました」とコメントしたことを振り返った。
米ゴルフウィークは野球界からの転身だったこともあって「日本ゴルフ界におけるベーブ・ルース」としてMLBの伝説的選手になぞらえた。大きなシャツとゆったりしたパンツを組み合わせたド派手なウェアでアーノルド・パーマーのようなカリスマ性を誇り、日本とアジアにおけるゴルフ人気を大きく押し上げた存在として称賛。海外遠征の際に家を借りて寿司職人を同行させることが多かったという転戦スタイル、歌手としてシングルをリリースしたこともあるユニークな横顔もつづり、故人をしのんだ。