トロント・ブルージェイズと3年総額3000万ドル(約46億円)で契約し、メジャーリーグ復帰を果たしたコディ・ポンセ投手が…
トロント・ブルージェイズと3年総額3000万ドル(約46億円)で契約し、メジャーリーグ復帰を果たしたコディ・ポンセ投手が、米ポッドキャスト番組「Baseball is Dead」に出演。日本と韓国での経験を振り返りながら、自身の成長について語った。
元日本ハム・楽天のポンセはまず、自身の日本でのプレー経験について「非常に厳しく、徹底した規律の中にあった」と表現する。ユニフォームの着用から練習スケジュールまで、すべてが決められた枠組みで進んでいたという。ただし、その経験を否定的に捉えているわけではないとも語り、「悪い経験だったとは思っていない。そのおかげで、自分自身のルーティンを築くことができた」と振り返った。
さらに、ポンセによると「以前は93〜96マイルを投げていたが、日本に来てから89〜91マイルになっていた。89〜91マイルが悪いわけではないが、その変化は大きかった」と振り返る。「その時に気づいた。自分はもうパワーピッチャーではなかった。単に投げる投手ではなく、“投げ方を知っている投手”にならなければならなかった」と語っている。球速が落ち、速球だけでは勝負できなくなった中で、“ピッチング”そのものを学び直す必要があったという。日本での時間は、投手としての基礎、そして自身のアイデンティティを作り直す重要な期間だったと振り返っていた。
また、日本の打者については「三振を嫌い、最後まで粘ってくる」と評価。「侍が刀を振りながら状況に応じて軌道を調整するように、日本の打者は最後までスイングを修正してくる」と、その対応力の高さを印象的に語った。
ただ、野球以外の環境は「正直に言うと、楽しくなかった。野球をしている感じがしなかった」と振り返る。生活面でも苦労が多く、チームメートとの絆を感じにくかったほか、トレーナーとのコミュニケーションが十分に取れず、必要な治療を受けにくい環境だったことも辛かったと明かした。さらにコロナ禍の影響もあり、家族と離れ、異国で一人アパートに暮らし、防御率が2桁だった時期を「本当に苦しかった。キャリアの中でも最も暗い時期の一つだった」と振り返る。
ポンセは「最も自分らしくいられたと感じたのは、昨年の韓国だった」と切り出した。
「メジャーリーグを目指す以上、すべてに真剣に向き合う必要がある。ただ韓国では、子どもの頃に野球をしていた時のような、純粋に楽しむ感覚を取り戻すことができた」と振り返った。
その後、韓国プロ野球(KBO)の舞台に立ったことで、ポンセの感情は大きく変化したという。「韓国では、『あとは野球をするだけ』という感覚があった。 感情を表に出すこともできた」と、韓国で野球の喜びを取り戻したことを強調した。自由な雰囲気も大きな変化だったという。スパイクのカスタマイズなど、個性を表現できる環境が「球場に行きたいという気持ちにつながった」と明かした。
日本と韓国の野球の違いについても明確に言及した。「日本はコンタクト重視で、何とかインプレーにしようとする野球。韓国の打者は明確にダメージを与えにくる。ギャップを狙い、ホームランを狙う。日本よりもメジャーリーグの野球に近い」と説明した。
データの活用方法にも違いがあったという。「日本ではヒートマップを受け取った記憶はほとんどない。ただ座って、どう打者と勝負するかを話し合っていた」と語る。一方、韓国では「試合の3日前からヒートマップと映像を受け取り、バス移動の時間に3〜5時間ずっと映像を見ていた」と明かした。ポンセは「マウンドに上がる頃には、相手打者の特徴がすべて頭に入っていた」と説明。また、日本では完成させることができなかったキックチェンジアップを、韓国で完成させたことも大きな転機だったという。
ポンセは、日本でルーティンを築き、韓国で野球の楽しさを取り戻したと振り返り、「そこで、すべてが一つに噛み合った」と語り、インタビューを締めくくった。