スポーツクライミングが五輪種目決定前から、活躍していた野口啓代「クラーニは相性がいいんです。だから、一番いい成績を残せるように狙っています」 11月11日(土)・12日(日)にスロベニア・クラーニで開催されるリード・ワールドカップ最終戦…



スポーツクライミングが五輪種目決定前から、活躍していた野口啓代

「クラーニは相性がいいんです。だから、一番いい成績を残せるように狙っています」

 11月11日(土)・12日(日)にスロベニア・クラーニで開催されるリード・ワールドカップ最終戦。スポーツクライミングの2020年東京五輪での実施(※)が決まって迎えた最初のシーズン、高い注目度のなかでも第一人者の存在感を示してきた野口啓代(あきよ)は、ワールドカップ(WC)の締めくくりの大会に向けて冒頭のように意気込みを語る。
※リード・ボルダリング・スピードの3種目の複合成績で順位を競う

「今年は1月末からシーズンが始まりましたけど、この日程だと前年シーズンが終わってからの間隔があまりないので、コンディションを整えるのが難しいんですよね。同じようなスケジュールだった2016年は、9月から10月にかけて疲労が溜まって、いわて国体の直前は体調を崩してすごく痩せてしまったんです。そういう経験があったので、今年はコンディションのピークを5月のボルダリングWC八王子大会と、今回のリードWCクラーニ大会に合うように意識してやってきました」

 野口は1月末のボルダリング・ジャパンカップの準優勝で今シーズンのスタートを切ると、3月のリード日本選手権で優勝。4月から始まったボルダリングWCシリーズ戦は、開幕戦のマイリンゲン大会で予選落ちし、続く中国での2大会も浮き沈みの激しい結果に終わった。しかし、照準を合わせていた5月の八王子大会で抜群のパフォーマンスを発揮して2位になると、その後は最終戦のミュンヘン大会まで全試合で表彰台に立った。

 ボルダリングWCは8月で全戦を終えたが、野口はその後も精力的に活動を続けてきた。9月中旬はドイツ・シュツットガルトでのボルダリング賞金コンペ『アディダス・ロックスターズ』の参戦から、中1日でイラン・テヘランに移動してアジア選手権に臨んだ。10月からはリードWCに出場し、中国・呉江大会で4位、中国・廈門大会で6位の成績を残している。

「ボルダリングWCのシーズン中は、リードの練習を全然やっていないんです。ボルダリングの練習やフィジカルトレーニングだけで手一杯なので。今年は7月にワールドゲームズとアジア選手権でリード種目に出ましたが、ぶっつけ本番でした。9月末に日本に戻ってきてからも、リードで重要な持久力を高めるトレーニングをする時間はなかった。だから、リードWCでもボルダリングで培ってきた突破力で高度を伸ばしていくには、壁に高さがないクラーニがいまの私の力を発揮しやすい大会だと思っています」

 リード種目で使用する人工壁は高さ12m以上で、ルート(課題)の長さは最低でも15m・幅3mと決まっている。人工壁の高さは国ごとに異なり、中国での2大会のように16m超の人工壁で競う大会もあれば、クラーニ大会のように国際規定をわずかにクリアする人工壁で行なわれる大会もある。

 人工壁に高さがある場合、ルートは持久力を問うものになり、高さがない場合はムーブの難易度が勝負のアヤになる傾向が強い。野口はボルダリングで磨いたムーブ力で、クラーニ大会は2014年3位、2016年2位と2度表彰台に立っている。

 リード種目は制限時間6分以内で、トライできるのは1度しかない。予選で2本のルートを登り、成績上位26選手が準決勝に進み、さらに8選手が決勝の舞台に立つ。1本のルートで競う準決勝、決勝で重要になるのがオブザベーション(下見)。選手たちは競技開始前に一斉にルートを確認する。登りながら使うホールドの順に手を動かし、ほかの選手たちと会話しながら攻略法を考えていく。

「オブザベは登り方に迷っているパートや、見落としているホールドを教え合いますね。それを基にして、ルートの最上部や核心部は数パターンの登り方を決めて競技に臨みます。だけど、登りだしてみたら想定通りにはいかないことも多いんです。その時は、ホールドを手で押さえた時のフィーリングでどう動くか決めています。決めるというよりは、体が咄嗟に動く感じですね。だから、登り終わってみたらオブザベで想定していたのと全然違うこともあります」

 ボルダリングはスタートで手足の使うホールドが決められ、ゴールは”TOP”マークがついた最終ホールドを保持し、体をコントロール下におけば完登になる。しかし、リードの場合のスタートは、どのホールドから登り始めてもいい。ゴールも最終ホールド以外から最終クイックドロー(ロープを通すための用具)にクリップしても完登となる。

 順位は完登がベストだが、途中で落下した場合は手で使うハンドホールドの獲得高度で決まる。選手はルートを登りながら確保支点にロープをクリップしていくが、この動作にもたつくと持久力は奪われていく。

「リードに慣れていないとクリップで消耗したり、ミスしたりします。私は、いまはボルダリングをメインでやっていますけど、子どもの頃からリードをやってきたので、その不安はないです。ただ、ボルダリングもそうですが、特にリードは前腕がパンプ(筋肉が腫れ上がること)してくると、頭までパンプする感じになって、視野が狭まり、判断も遅くなる。そうなるとミスをしやすいので、スタートから核心部までは、登り方やクリップで消耗しないようにするのが重要ですね」

 クライミング未経験の方は、腕を前方に伸ばして手指で50回ほどグー・パーを繰り返せば、前腕のパンプがどれほどキツイかを体感できる。その状態になってから手数をどれだけ稼げるかでリードは成績が大きく変わる。

「結局は最後のところで選手それぞれが、どれだけその大会に思い入れを持ってトレーニングを積んできたかが表れますからね。今シーズンは若いヤーニャの勢いや成長がすごいし、同世代のジャインからはモチベーションの高さが伝わってきて刺激をもらっています。その彼女たちを上回る強い意気込みで、クラーニ大会は自分のベストパフォーマンスを発揮したいと思っています」

 今季のリードWCでは、すでにスロベニアの18歳の若き女王ヤーニャ・ガンブレットが2年連続の年間王者を決め、自国開催のクラーニ大会初優勝でシーズンの有終の美を飾ろうと表彰台の中央に照準を絞っている。

 年間2位・3位につけるリードWC通算27勝を誇るキム・ジャイン(韓国)と、20歳のアナク・ヴァーホーヴェン(ベルギー)を加えた上位3強の壁は厚い。

 さらに、「クライミングを始めた子どもの頃はリードばかりやっていたし、ユースまではリードの大会にも出ていたのよ」と語る今季のボルダリングWC女王に輝いたショウナ・コクシー(イギリス)もクラーニ大会でリードWC初出場を果たす。

 表彰台はおろか、8名で争う決勝進出さえも容易ではない錚々(そうそう)たる顔触れが揃うリードWCクラーニ大会で、野口啓代がどんなパフォーマンスを見せるのか注視してもらいたい。

【動画】