柳田に痛恨の一発を浴びた石井。呆然と打球を見送り、マウンド上でガクッと肩を落とした(C)産経新聞社背番号69の表情がゆが…

柳田に痛恨の一発を浴びた石井。呆然と打球を見送り、マウンド上でガクッと肩を落とした(C)産経新聞社

背番号69の表情がゆがんだ甲子園

 阪神の2025年シーズンが終わりを告げたのは、10月30日の日本シリーズ第5戦だった。ソフトバンクに2-3で敗れて2年ぶりの日本一の夢は潰えた。その試合後、私は石井大智の囲み取材に入っていた。

【動画】この快投を見よ!防御率0点台の石井の圧巻ピッチングシーン

「今日打たれたから言うわけじゃないですけど、本当に4試合の中でやっぱり力の差を感じていたので。今日も柳田選手、自分的には投げ切れた球だったと思うんですけど、明らかに力負けです」

 ご存じの通り、NPB新記録の50試合連続無失点をマークしてレギュラーシーズンを終えるなど1年を通して、ほとんどの試合で失点することのなかった右腕が口にした“完敗宣言”に少し驚いた。

 この試合で石井が表情をゆがめたのは、阪神が2点をリードした8回。背番号69が見せつけてきた無双ぶりを知る者からすれば何の心配もなく安心して見ていられる場面だったが、パ・リーグ王者が牙をむいた。

 先頭の嶺井博希に右翼前に運ばれたものの、代打のジーター・ダウンズは空振り三振に抑えた石井は、迎えた1番の柳田悠岐に投じた初球、外角への150キロの直球を捉えられた。高々と舞い上がった打球は逆方向の左翼スタンドに着弾。起死回生の同点2ランを浴びた背番号69は呆然とマウンドに立ち尽くしていた。

「自分の今できるベストはやれた球だったのかなと思いますし。明らかに力不足。技術も力もすべてにおいて」

 レギュラーシーズンでの獅子奮迅の活躍による蓄積疲労も当然あるだろう。それでも、投じた一球が、あの瞬間のベストボールだったのは間違いない。それを打ち返され、素直に完敗を認めた。私は石井の表情や言葉から凄みを感じていた。

 1軍で投げ始めた数年前の石井は、「超」が付くほどの完璧主義者のイメージだった。無失点でも3者凡退で終われなかった登板内容に納得ができず、悔し涙を流したこともあった。どちらが良いという話ではなく、前人未踏の1年を終えた瞬間に自身の力不足を潔く認め、前を向いていく姿に末恐ろしささえ感じてしまった。

 それほど、「石井大智の2025年」は圧倒的で唯一無二だった。レギュラーシーズンで失点を喫したのは、4月4日のジャイアンツ戦が最後。頭部への打球直撃で離脱した期間はあったものの、マウンドに上がればゼロで帰ってくるという仕事をチームの勝敗を背負うセットアッパーというポジションで遂行し続けた。

石井と幾度となくバッテリーを組み、ピンチを乗り越えてきた坂本は、その凄みを体感している数少ない選手だ(C)TakamotoTOKUHARA/CoCoKARAnext

相棒・坂本が明かした石井の“究極の準備”

 大きな武器だった直球とフォークに加えて、昨年から割合の増えたスライダーの精度向上、同僚と「チームマッスル」を結成するほどのトレーニング好きが好転してのフィジカル面での成長など進化した理由は1つに限らない。

 石井のほとんどの登板でコンビを組んだ捕手・坂本誠志郎が、“相棒”の凄みを体感した試合が、7月9日の広島戦だった。

 3-1で迎えた8回に登板し、二死三塁でサンドロ・ファビアンを迎えた。この局面でバッテリーがフルカウントからの9球目に選択したのはフォーク。外角低めから捕手の手前でワンバウンドしたウイニングショットに相手助っ人のバットは空を切った。

「大智(石井)は、あそこで一番良いところに投げるんですよね。あの場面、見逃されるフォークを投げるピッチャーは多いと思います。あの一球は大智の技術と力量でしかない。ボールゾーンにいく球種なので捕手としては四球も覚悟しないといけない。でも受けてみて、あのフォークを見逃せる打者はいないなと思いましたね」

 そして、坂本は続ける。

「大智は究極、マウンドでどうしようとかたぶんないと思うんです。ボールを投げる準備、身体の準備、メンタルの準備から大智はマウンドに上がるまでに全部終わらせてる。自問自答して、自分と戦ってマウンドに上がってきてる。だから勝負は終わってるんです」

 投げるボールの質は言うまでもなく、打者の分析、研究、自身のコンデョション調整、精神面の整え方など最上級の準備をやり切ってマウンドに向かうことが石井の最大の強みだと坂本は表現した。

 それでいて、現状に満足せず、全身から溢れ出てくるのは向上心。日本シリーズでの終戦から数日後、石井は早くも来季を見据えた。

「色々変えたい部分、変わりたい部分がある。今年のピッチングは数字的には良いと思うけど、内容は昨年より落ちている。(昨オフは)自分の身体の状態で諦めた部分もある」

 50試合連続無失点、防御率0.17など驚異的な数字はあくまで表面的なものに過ぎず、本人からすればまだまだ伸びしろを感じている。それが確信に変わったのが、甲子園で柳田に浴びた一発だったのだろう。

 虎の筋肉マスターいわく、この11月と12月は筋肥大の時期。重い器具をガンガン上げるために今は徐々に身体を温めていっているそうだ。キャリア最高に見えた1年は、完全無欠のリリーバーになるための第一歩。石井大智の最高到達点はもっと先にある。

[取材・文:遠藤礼]

【関連記事】仁義なき争奪戦 虎の「ドクターK」の流出防げるか 今季2完封、驚異の0.81 頭脳的な投球も魅力

【関連記事】助っ人去就不透明の藤川阪神も動くか 母国メディアがNPB複数球団の“入札合戦”を報じる台湾の剛腕・徐若熙とは何者か

【関連記事】嵐のオフ再び?日本S終了で本格化する移籍戦線 去就注目 「阪神30歳外野手」のFA問題 宣言すれば争奪戦必至