西武・大引啓次コーチインタビュー(後編) 日本のスポーツ界では令和の今、コーチのあり方が見つめ直されている。指導者は偉ぶ…

西武・大引啓次コーチインタビュー(後編)

 日本のスポーツ界では令和の今、コーチのあり方が見つめ直されている。指導者は偉ぶらず、選手の意思を尊重しながら、どう成長に導くか。

 今季西武に招聘された大引啓次内野守備・走塁コーチは法政大学時代から「学生野球の鑑」と言われ、前編で触れたように現代の理想的な指導者像を地でいくが、そうした考え方はいつ形成されたのだろうか。


全力疾走で内野安打をもぎ取った西武・山村崇嘉

 photo by Sankei Visual

【君にとって野球って何?】

「現役中もやっていましたけど、引退してからだと思います。指導者となって、たとえば自分がやっていたカバーリングを、やらない選手を目にするじゃないですか。じゃあ、この選手をどう指導すればいいんだろうか、と。『カバーに行けよ』と言うのではなく、『自分はこういう考え方でやっていた。おまえがカバーに行くことによって、仲間が助かるんだぞ』って言ったら響くかもしれない。響かないヤツには響かないですよ。私の言い方も悪いかもしれないです。そういったところで、選手の耳ではなく、心に届くように話しています」

 広池浩司球団本部長、西口文也監督をトップとする新体制で臨んだ今季の西武は、3年連続のBクラスに終わった。今年も露呈したのは攻撃力不足、野手の選手層の薄さだった。

 切実なのが、リーダー不在だ。浅村栄斗(現・楽天)、秋山翔吾(現・広島)らキャプテンを務めた選手がフリーエージェント権を行使して退団。レギュラーをつかむ若手が出てこず、チームを引っ張るリーダーの現れにくい状況が続いている。

 そうしたなかで今季コーチに招かれたのが、ライオンズに異なる色を注げる外部人材だ。大学時代に「法政史上最高の主将」と言われた大引コーチが、そのひとりである。

 初めてのプロでのコーチ業に慣れてきたシーズン中盤、将来の西武を担っていくであろう若手たちに、プロとしてのあり方を伝え始めたという。たとえば滝澤夏央や村田怜音をつかまえて、こう尋ねた。

「君にとって野球って何? ちょっと考えてみて。今すぐ答えがなくていいよ。またシーズンオフにでも答え合わせをしようよ」

 正解はない。哲学的な問いを通じ、彼らの思考を知りたかった。

「彼らの答えが出てきたところにツッコミどころがあったら、『それってどういうこと?』『じゃあ、それはこういうことなの?』と聞き、彼らがまた考える。いい答えは、そうしてブラッシュアップされていくのかなと思います」

【12球団一の全力疾走】

 大引コーチは春季キャンプから本格的に指導を始め、滝澤や村田、高卒5年目の山村崇嘉など、若手選手がいい意味で変わってきたと感じている。

「プロとしての取り組み方などを対話していると、すごく理解してくれる子たちです。ほかにもたくさんいるんですよ。彼らはいずれ、見本として先頭に立ってやってくれる子たち。私が『こういうルールだからやれよ』というのではなく、彼らが自発的にやることによって、そういうカルチャー、モラルができていく。『ライオンズってこういうチームだから、やらなきゃいけない』と自ら取り組むようになれば、いいチームになっていくと思います」

 大引コーチがライオンズの未来を信じるのは、春から変わってきた手応えがあるからだ。そのひとつが、全力疾走である。

「今のライオンズの選手は一塁までしっかり走ってくれる。12球団ナンバーワンですし、高校野球で甲子園に出ている子たちより上だと私は思っています。ぜひライオンズの選手が、野球界の見本となってくれるように。少年野球を教えているお父さんやコーチが、『ライオンズの選手を見てみろ』となってくれるのが理想かもしれません。決して100%で走れというわけではなく、アウトになるまであきらめずにやろうということで、それを継続的にやってくれる選手が本当にこのチームは多い。ある意味、感謝しているところです」

 全力疾走やシートノックの質を高めていく。たしかに気持ちを技術につなげることも重要だが、球団再建中のライオンズにはなにより個々のレベルアップが不可欠だ。

【滝澤にはまだまだ満足してほしくない】

 そのなかで期待されるひとりが、今季キャリアハイの出場試合数&安打数を記録した滝澤だ。二遊間の守備はすでにプロでもトップレベルと言えるが、大引コーチにはどんな成長の余地が見えているだろうか。

「技術的なことに関して、シーズン中にやれることはあまりないんです。もちろん秋季練習になったら、もっと上達できるように指導していきます。でも、これは自ら数で補っていくものだと思いますし」

 逆にシーズン中にできるのは、考え方の部分だ。大引コーチは、春季キャンプから滝澤に言い続けたことがある。

「キャンプの頃、『遠投を入れておけよ。シーズンが始まったら、遠投している暇はないよ』と話していました。今、滝澤が苦労しているのは、送球の強さと遠投力です。大きな力があるわけではないので。実際、シーズン後半になり、『遠投をもっと入れておけばよかった』と思っているみたいです。誰かに言われて、自分で身をもって体験し、苦労や失敗することで『あっ』と気づくものですよね。このオフシーズンに期待しています」

 西武がシーズンの半分を戦う本拠地ベルーナドームには、西鉄ライオンズの初代監督・三原脩の9つの言葉が刻まれている。

 <アマは和して勝ち、プロは勝って和す>

 大引コーチが滝澤に伝えた遠投の話は、この言葉に通じている。

「『キャッチボールをみんな和気あいあいとやって、一緒に下がっていくけど、ひとりぐらい先に下がってもいいんだよ。バーッと下がって、今日は遠投を入れたい日だからとひとりでやってもいいんだよ』と話しました。みんな横並びでやっているけれど、肩のつくり方、その日の出来、体調など人それぞれ違うので。逆にみんなが70メートル投げている時に、今日は塁間で終わってもいいんだよ、と」

 ポテンシャルのある若手のひとりから、抜き出たレギュラー候補へ。滝澤は今季大きなステップを踏み出したからこそ、大引コーチはさらなる期待を寄せている。

「体力の部分もそうですし、技術的にもうまくなれる。滝澤にはまだまだ満足してほしくないですね。向上心がなくなったら、私はこの世界は終わりだと思っているので」

 就任1年目の2025年、一軍で若手の心に火をつけた大引コーチは、翌2026年シーズンから二軍の野手コーチに配置転換されることが決まった。"アマチュアの心"を忘れず、同時に高いプロ意識を持つ大引コーチの言葉は二軍の若手にどう響くだろうか。

 彼らの成長が、球団再建につながっていく。