石井大智は悪くない。 ソフトバンクの1番打者・柳田悠岐が起死回生の一発を放ってダイヤモンドをまわるのを見つめながら、心…

 石井大智は悪くない。

 ソフトバンクの1番打者・柳田悠岐が起死回生の一発を放ってダイヤモンドをまわるのを見つめながら、心の中でそうつぶやきたくなった。


シリーズ第5戦の8回、柳田悠岐に同点2ランを浴び肩を落とす石井大智

 photo by Sankei Visual

【選手たちが語るソフトバンクとの差】

 日本シリーズ第5戦。阪神が勝利の方程式に入った8回表、柳田に同点となる2点本塁打を浴びた。その一発を、今季ピッチャーとしてMVP級の活躍を見せてきた石井が打たれたというのが、なんとも胸が痛んだ。

「悔しいというか、今日打たれたから言うわけじゃないですけど、今回4試合に投げさせてもらって力の差を感じました。柳田選手に打たれたホームランに関しても、投げきれた球だと思ったんですけど......明らかに力負けです」

 試合後、石井は囲み取材のなかでそう振り返った。

 セ・リーグを圧倒的な力で制したチームの、しかも53試合に登板して防御率0.17と圧倒的な数字を残してきたリリーバーが「完全に力負け」と口にするのは、やはり違和感が残る。石井自身は「どちらのレベルが高いという話ではなく、野球が違う」と、ソフトバンクの強さを口にしたが、本当にそこまでの差があったのだろうか。

 もっとも、このシリーズでのソフトバンクの勝負強さが際立っていたのは事実だ。阪神が先制しても、その後の追加点を許さず、一方で、しぶとく食らいついては追いついてくる。セ・リーグ屈指の頭脳派捕手と評される坂本誠志郎をもってしても、その上をいかれた。

「1球への気持ちなのか、執着なのか、技術なのか......大事な要素を持ち合わせているという大きな差を感じた」

 そう坂本は悔しさを滲ませた。

 ただ、5試合中4試合に登板した石井にしても、第5戦で何人かのリリーフ陣を外してまで先発の村上頌樹や才木浩人をベンチ入りさせたことにしても、圧倒的な強さでリーグを制したチームにしては、戦力の厚みに欠けているように映った。

【ビハインドの場面での登板】

 第2戦を1対10の大差で落としたあと、甲子園での3連戦はすべて1点差の惜敗だった。先制しながら逆転された試合もあれば、先行を許してそのまま逃げきられた試合もある。そのなかで、常に責任を背負ってきた投手のひとりが石井だったという事実は、やはり見逃してはならない。

 第3戦は、6回表に逆転を許したあと、先発の才木から及川雅貴、岩崎優へとつなぎ、なんとか相手の追加点を防いだ。1点ビハインドのまま迎えた9回、マウンドに上がったのは石井だった。

 第4戦では、髙橋遥人が打球を受けるアクシデントもあり5回途中2失点で降板。畠世周がその後のピンチをしのぎ、つづく桐敷拓馬が6回表にダメ押しの3点目を許した。しかし、8回裏に佐藤輝明の適時打などで2点を返すと、この試合も1点ビハインドの9回、マウンドには再び石井の姿があった。

 これ以上、点差を広げられたくない場面で、信頼のおける投手を投入したいという気持ちは理解できる。しかし、日本シリーズは3敗までが許される短期決戦だ。そのなかで、どんな局面でも同じ投手を起用しつづけていては、本来、最も活躍してほしい場面で、ベストな状態のまま送り出すことは難しくなるのではないだろうか。

「勝ち継投」や「勝利の方程式」という言葉があるのは、確実に勝利が約束されたかのようなシチュエーションが存在するからだ。ただし、それが成り立つのは、一人ひとりの投手がベストのパフォーマンスを発揮してこそである。

 もちろん、勝利の方程式の一角として登板したこの日の石井がベストピッチではなかったとか、柳田に起死回生の同点弾を浴びたボールが失投だったと言っているわけではない。石井自身も「ベストを尽くせたと思っていますし、(体調に)課題があるとは思っていません」と語っている。

 ただ、送り出す側の環境づくりという点で、「必ず勝てる」という勝利の方程式を前提にしながらも、はたして選手がベストの状態で臨める環境を整えられていたのか──。その点においては、疑問の残る采配だった。

 石井以外に信頼できる投手を育て上げてこなかったことが、その証左と言える。日本シリーズがウィークデーに3連戦で行なわれることは周知の事実だ。そのなかで、点差を広げられたくない場面で起用できる投手の選択肢が、実質的にひとりに限られてしまうというのは、組織マネジメント上の大きな欠陥と言わざるをえない。

【最後まで解決できなかった課題】

 それは石井の起用だけに限らない。負けたら終わりの第5戦のベンチに、勝てば次戦の先発予定だった投手が入っているというのは、常識的にはあり得ない。仮にも、セ・リーグを圧倒的な強さで制したチームである。そこには、もう少し綿密なマネジメントが必要だったのではないか。

 打線においても、1番から5番までとそれ以降の打者との間に大きな力の差があった。その課題を日本シリーズまでに解決しきれなかったことも、最後まで響いた。

 ペナントレースでは、どのチームも優勝を目指す。しかし、それは目先のリーグ制覇にとどまるものではない。その先にあるクライマックスシリーズ、日本シリーズ制覇を見据え、そこを勝ちきるだけの戦力を整えてこそ、本当の意味での「優勝」と言える。日本一を前提に、通過点としてリーグ優勝しなければ、真の強いチームとは言えない。

 藤川球児監督はシリーズ後の会見で「ソフトバンクは非常に強かったです。とにかくチーム力を上げなければいけない。それくらいに強かった」と、戦力差を口にしている。

 しかし、今回の結果を分けたのは、単なる戦力の差というよりも、日本一を見据えたマネジメントの違いだったのではないか。

 昨年のソフトバンクには、そのマネジメントが欠けていた。だが今季は、一時は最下位まで低迷する時期もありながら、小久保裕紀監督がチームを巧みに立て直し、日本シリーズを勝ちきれる集団へと育て上げた。

 どんな勝ち方を目指すのか。その勝ち方を実現するために、どのようなマネジメントを施していくのか。阪神には、その明確なビジョンが乏しかったと言えるのではないだろうか。

 獅子奮迅の活躍を見せた石井が、その責任を一身に背負うかのように、第5戦の試合後に涙を流した。石井は悪くない。問題は、彼を"必ず勝てるシチュエーション"で投入できなかったことだ。それこそが、阪神の敗因だった。