山中慎介インタビュー 前編「誰が衰えたって⁉」 9月14日、世界スーパーバンタム級4団体統一王者・井上尚弥(大橋)は、元…
山中慎介インタビュー 前編
「誰が衰えたって⁉」
9月14日、世界スーパーバンタム級4団体統一王者・井上尚弥(大橋)は、元2団体統一王者のムロジョン・アフマダリエフ(ウズベキスタン)に3-0の判定で完勝したあと、リング上から茶目っ気たっぷりにファンへ問いかけた。
井上はスーパーバンタム級では2度のダウンもあり、一部からはピークアウトを囁かれた。しかし、それが杞憂だったことを証明するパフォーマンスを見せつけた。"最強挑戦者"と謡われた相手に、「打たせずに打つ」スタイルで終始圧倒。その戦いぶりについて、元WBC世界バンタム級王者・山中慎介氏に聞いた。

勝利した試合後、マイクパフォーマンスで「誰が衰えたって⁉」と問いかけた井上
photo by Hiroaki Finito Yamaguchi/AFLO
【見せつけた圧倒的スピード差】
――あらためて、試合の総括からお願いします。
「ここ最近は見せなかったスタイルで、お客さんを魅了した一戦だったと思います。井上のスキルも含め、仕上がりが本当にすばらしくて、アフマダリエフがつけ入る隙がまったくなかったですね。ディフェンスの比重を高めながら戦う井上は、ちょっと手がつけられないですよ(笑)」
――井上選手のアウトボクシングは、従来のそれとは違うように見えました。
「一般的にイメージするアウトボクシングとは少し違いますよね。ヒット・アンド・アウェイと言いますか、超攻撃的なアウトボクシングですよ(笑)。スピードを生かして出入りを繰り返しながら、しっかり攻撃に結びつけていた。そういうボクシングだったと思います」
――打たせず打つ、というスタイルですね。
「パンチのスピード、足のスピード、反応のスピード、すべてにおいてアフマダリエフを上回っていました。それでいて基本に忠実で、お手本のようなボクシングでしたね」
――試合前、井上選手とアフダマリエフ選手の一番の違いは「スピード」とおっしゃっていましたが、その差がはっきりと出ましたね。
「はい、アフマダリエフは最後まで井上を捕まえられませんでした。序盤は、アフマダリエフの強さや実力を感じさせる場面もありましたが、ポイントを取っていたのは井上。中盤以降はアフマダリエフも『もう、どうにもできない......』と感じていたんじゃないでしょうか。相当やりにくかったはずです」
――今回、井上選手は機動力を優先して、前日計量からの戻しを6.3キロ増に抑えたそうです。この調整については?
「試合内容のよさがすべてを証明していますよね。あの内容を見せられたら、誰もが納得すると思います。私も会場で生観戦して、配信でも見返しましたが、本当に完成度が高かったです」
【KOではない形で示した強さ】
――前回のラモン・カルデナス(アメリカ)戦ではダウンもありました。今回の戦いぶりはいかがでしたか?
「カルデナス戦は、久々のラスベガスという舞台で『魅せたい』という気持ちが強かったように見えました。少し強引に攻めた部分もあったと思います。でも、今回は本当に冷静で、試合の立ち上がりも慎重に入っていました。焦らず、タイミングや距離感を重視していましたし、KO勝利とはまた違う大きな収穫になった試合だったと思います」
――入場時の表情や雰囲気については?
「カルデナス戦では少し表情に硬さがあったように感じましたが、今回は非常に落ちついていて、余裕がある印象でしたね」
――いつもとは違った戦い方で、見る者を魅了しました。
「KOではない形でも、圧倒的な強さを示せたのが大きいと思います。スーパーバンタム級に転向後、2度のダウンがありましたが、強敵のアフマダリエフを相手に圧倒的な勝ち方を示した。『いったい誰が勝てるんだ......』というインパクトを与えましたよね」
――試合中にはノーガードで魅せる場面もありました。
「ボクシングは単なる殴り合いではなくて、スピード、パワー、テクニック、スタミナ、メンタルなど、あらゆる要素が問われる競技です。そのすべてにおいて、井上は突出しています。相手からすれば、本当にどうすることもできない存在ですよ」
――アフマダリエフ選手も、アマチュア時代にオリンピックで銅メダルを獲得した実力者ですが、そう思わせないほどの戦いぶりでした。
「アマチュアエリートで実力者なのに、井上を相手にするとそう見えなくなってしまいます。それほど、(井上が)技術で完全に上回っていました」
――序盤、冷静に入った井上選手に対して、アフマダリエフ選手もかなり慎重に見えました。
「そうですね。序盤はお互いに様子を見ながら、という展開でした。ただ、井上はリズムをつかんでいきましたが、アフマダリエフはなかなか手を出せなかった。攻めないとどうしようもないのはわかっていたはずですが、結局最後まで打開策が見つからなかったですね。ダメージも蓄積していました」
――アフマダリエフ選手は、カルデナス戦のように井上選手が打ちにきたところでカウンターを狙っていたのでしょうか。
「ひとつの作戦として、距離が近くなったところでの左フックは狙っていたでしょう。ただ、井上のステップインとバックステップの速さ、瞬間的な反応のよさで、それを許さなかった。結果として、合わせることができなかったんでしょう」
――今回の試合も井上選手のジャブがよく当たっていました。
「サウスポーに対して、あれだけうまくジャブを打てる選手はなかなかいません。基本的には内側から突いていきますが、強くて硬くてキレがある。位置取り、踏み込み、距離の取り方もさまざまですね。それに加えてパワーがありますからね。あのジャブを打たれると、相手はなかなかペースを握れないですよね」
――ちなみに、山中さんが現役時代、ジャブが厄介だったオーソドックスの相手はいましたか?
「それが、いなかったんですよ。ジャブの差し合いや前手の使い方では自分のほうが上回っていたと思います。だからこそ、井上のように自分より身長が低い選手に前手で優位に立たれる感覚は、想像すると本当に厄介だなと感じますね」
――試合後の両者の顔を見るとダメージ差は歴然としていましたね。
「アフマダリエフの顔は傷だらけでしたね。終盤の表情を見てもかなりしんどそうでした。闘争心が削られた感じではないでしょうか」
――井上選手は、試合後の会見で「衰えただの、ピークをすぎただの言われ放題なんで......」と語っていました。そうした声を試合内容でねじ伏せた印象です。
「内容で完全に証明しましたよね。むしろ、スタイルの幅をあらためて示した試合だったと思います。本人も『新しいスタイルではなく、いつでもできるスタイル。今回は久しぶりに出しただけ』と話していましたが、そのとおりで、もともとやろうと思えばできるんですよね」
【試合を決定づけた左ボディ】
――慎重な立ち上がりから少しずつペースをつかんでいった井上選手ですが、試合の流れが大きく変わったのはどのあたりだったでしょうか?
「6ラウンドの左ボディですね。井上選手は、ロープ際から右フック、左ボディ、右アッパー、左ボディ、右アッパー、左ボディを叩き込んで前に出ました。あれはかなり効いていたと思います。そこからアフマダリエフはペースが一気に落ちて、前に出られなくなった。逆に井上は、続く7ラウンドで完全にリズムに乗っていましたね」
――4ラウンド、アフマダリエフ選手が右ジャブを3回突いて左を出そうとした瞬間、井上選手が右を合わせた場面も印象的でした。
「タイミングを見てコンパクトに合わせていました。井上には、ああいうカウンターも打てるから中に入れないんですよ。アフマダリエフも、入ろうとした瞬間カウンターをもらってしまうんです」
――日本時間で同じ日(現地9月13日)に行なわれたテレンス・クロフォード(アメリカ)対サウル・"カネロ"・アルバレス(メキシコ)戦も、スピードと技術でクロフォード選手が完封しました。井上選手は試合を見て「参考になった」と語っていましたが、重なる部分も多かったですか?
「そうですね。前に出るカネロが(クロフォードに)触れることができませんでしたよね。どちらの試合も判定決着でしたが、十分に楽しめるボクシングでした。ああいう魅せ方ができるのは本当に限られた人間だけだと思います」
――井上選手もクロフォード選手も、PFPランキングのトップ3に長らく名を連ねています。
「共通点は、ボクシングに必要な要素のすべてを非常に高いレベルで持っていること。そのうえで駆け引きのうまさがあり、複数のプランを準備して試合に臨んでいると思います。今回の井上のアウトボクシングも、その豊富な引き出しのひとつ。クロフォードはスイッチしますが、井上もサウスポーで戦えますからね(笑)」
――過去に世界戦(2017年のWBO世界スーパーフライ級タイトルマッチ、リカルド・ロドリゲス戦)でスイッチしたことがありましたよね。
「ありましたね。できることの幅が広く、突出していますよ」
(後編:井上尚弥や中谷潤人を筆頭に「スーパーバンタム級でも日本人同士でベルトを争う時代がそこまできている」>>)
【プロフィール】
■山中慎介(やまなか・しんすけ)
1982年、滋賀県生まれ。元WBC世界バンタム級チャンピオンの辰吉丈一郎氏が巻いていたベルトに憧れ、南京都高校(現・京都廣学館高校)でボクシングを始める。専修大学卒業後、2006年プロデビュー。2010年第65代日本バンタム級、2011年第29代WBC世界バンタム級の王座を獲得。「神の左」と称されるフィニッシュブローの左ストレートを武器に、日本歴代2位の12度の防衛を果たし、2018年に引退。現在、ボクシング解説者、アスリートタレントとして各種メディアで活躍。プロ戦績:31戦27勝(19KO)2敗2分。