プロ入りを夢見る選手たちにとって、命運を分ける1日となるドラフト会議。プロ志望届を提出した選手の中には、夏の甲子園で沸か…

プロ入りを夢見る選手たちにとって、命運を分ける1日となるドラフト会議。プロ志望届を提出した選手の中には、夏の甲子園で沸かせた選手はもちろん、地方大会で大いに注目を集めた逸材も名を連ねる。
 エミール・セラーノ・プレンサ(幸福の科学学園)は、栃木大会でその名を全国に轟かせた。

野球の神様も味方にした2本

 衝撃の一打だった。

 夏の栃木大会3回戦・小山西との一戦、エミールは1点ビハインドの9回に同点本塁打で試合を振り出しに戻すと、延長11回にはサヨナラ満塁本塁打と、これ以上ない活躍。SNS上でもホームランのシーンを切り抜いた映像が瞬く間に広がり、一気に注目度を高めた。

  「あの試合は第1打席から全部良い打球でしたが、相手の守備が良かった。私のスイングを見て監督とピッチャーが話し合って、どう攻めるか話し合っていました。
 だけど、9回終わって1点負けていて、その時、思いました。『ここで打たないと終わり』だと。だからホームランを狙ったし、打った後に思いました。『もう1回打席が回ってきたら、もう1本ホームラン打つ』と」

 極限のプレッシャーがかかる場面で、最高の結果を出す——。元中日で父であるドミンゴ・グスマンのDNAなのか。それとも持って生まれたスターの素質というべきか。いずれにせよ、プロで活躍できる資質があることは十分示した。

 エミールは振り返る。
 「『これはいったかな』と思うくらい完璧な当たりでした。打席に入る前に神様と話しました。『ここもお願いします』って。ルーティーンで”Dios”と地面にも書いて打つことができました」

 スペイン語で神を意味する”Dios”の文字。夏の大会途中から始めたルーティーンだという。小山西との試合でももちろん実践して同点、そしてサヨナラ弾という最高の結果を残した。

 次はプロのステージで豪快なアーチを描く瞬間を見たいものだ。

外部指導として来ている蓬莱昭彦さん

急成長に繋がった名伯楽との出会い

 小山西戦で見せた2本の本塁打は、エミールの名を一気に全国区にしたが、名伯楽・蓬莱昭彦さんに巡り合ったことが大きかった。

 蓬莱さんは熊本工、西南学院大と渡り歩いてドラフト4位で西武へ入団。その後、中日に移籍して、1988年に引退。現在は中学強豪シニア・世田谷西シニアで総監督を務めている。特にバッティング指導には定評があり、自身が提唱する“ホーライスイング”で数多くの選手を育ててきた。

 エミールもその”ホーライスイング”に巡り合ったことでバッティングが大きく変わった選手だった。

 「どういうバッターになりたいか。それを考えるなかで、ホーライスイングは後ろの手(=右手)を大きく使ってスイングするので、低めのボールや変化球も上手く打てると思いました。
 蓬莱さんが来てくれた時は、直接教えてもらい、来られないときは『大谷(翔平)が同じスイングだから』と教えてもらったので、大谷選手の真似をして上手くなったと思います」

 幸福の科学学園の関係者によると、入学した当初は「体は大きかったけど、言葉も野球もわからない」と道のりは前途多難になることが予想されたという。2年生の夏の大会では7番を打っていたが、ホームランか、三振か。それほどはっきりしていたと振り返る。

 エミールも「最初はちょっと下手くそだった」と認めている。時差13時間あるドミニカ共和国にいる父と毎日やり取りしながら少しずつ成長してきたが、3年生の春の県大会では思うような結果を残せなかった。

 「春の大会はそんなに良くなかったです。思ったよりも打てず、県大会が終わってもその状態が続きました。変化球をたくさん投げられて、真っすぐが来なかったので少し困りました。真っすぐが来ても外角だったり、低めだったりで困りました」

 強打者ゆえの厳しいマークを受けた。この苦しい状況に「このまま夏に行ったら、ちょっと打てない」と危機感を募らせた。試行錯誤をするなかで蓬莱さんに出会い、指南を受けた。この結果、打撃が向上し、夏の大活躍に繋がったのだ。

幸福の科学学園・エミール・セラーノ・プレンサ

不安も吹き飛ばした大活躍でプロ入りなるか

 また、打席内での考え方を変えたことも、エミールの調子を上げることになった。

  「私は良いバッターで、パワーがあることを相手投手もわかっているので、大体変化球でかわしてきます。それで困りましたけど、バッティングコーチから『そのボールはホームランできないでしょ』って言われて。その代わりに『チームバッティングやって、ヒットの方がいいよ』と教わりました。
 なので、遅いボールが多いならバットの位置を高めて、足もしっかりと上げます。その方が打ちやすいです。逆に速いボールを投げるなら、バットの位置を下げて、足もそんなに上げずに打ちました」

 些細な工夫だが、これで徐々に調子を上げてきたエミール。夏の大会までに戦ってきた練習試合でも「ちょっと良かった」と手ごたえがあった。そして迎えた本番では「打てなかったらプロに行けないかな」と不安もあったというが、その心配はすぐに吹き飛んだ。

 「初戦から良いスイングが出来て、『調子が良い』と思いました。初戦から3安打出せて、『この大会、絶対打てる』と思いました」

 その予感は的中。自身の名を全国区に広げた。身長189センチ、体重109キロという高校生離れの体格に、ベンチプレス110キロを持ち上げる腕力。このパワーがあったから高校通算22本塁打を打てたことは間違いない。

 しかし周りの環境のおかげであることも事実だ。エミールも感謝の気持ちがある。
 「日本に来て全部変わりました。技術も何もなくて全然打てなかったので、メンタルを含めて野球は全て変わりました」

 運命の日、エミールの元に吉報は届き、恩師たちへ恩返しをすることができるのか。エミールの名が呼ばれることを期待したい。