仙台育英、須江監督の言葉は令和の指導法の在りかたを考えさせてくれる(C)産経新聞社 また高校野球の季節がやってくる。8月…

仙台育英、須江監督の言葉は令和の指導法の在りかたを考えさせてくれる(C)産経新聞社

 また高校野球の季節がやってくる。8月5日に夏の高校野球選手権大会が開幕。暑い夏で野球に熱中する球児たちの懸命なプレーが感動を呼ぶ中で、現在のスポーツ界で注目されているのは指導法にもある。

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 厳しい叱責を含む「叱る指導」からの脱却が求められる中、現場を預かる指導者たちはどのように血の通った指導法を摸索しているのか。

 今回は「青春って密」という言葉でも一世を風靡、選手の自主性を重んじる指導法で知られる仙台育英の須江航監督と考える臨床心理士として独自のアプローチを行っている村中直人さんに対し、スポーツライターの大利実さんが聞き手となって行われた異色の対談が掲載されている『脱・叱る指導 スポーツ現場から怒声をなくす』(村中直人、大利実共著)の著作から、一部抜粋して、『CoCoKARA Next』で公開する。

――選手を育てていくうえで、叱ることに意味はありませんか?

 須江 正直言って、選手たちを叱る意味を年々感じなくなってきています。こちらが叱ったところで、その気持ちや言葉が選手には伝わっていないんですよね。「叱られたことで目が覚めました。ありがとうございます!」ということはまずありません。言葉が刺さらない。何かが大きく改善することはほぼない。だからこそ、丁寧に説明することをより強く意識しています。

――その理由はどこにあると感じますか。
 
 須江 ぼくが嫌われているのかもしれませんが(笑)、心の扉を閉ざすのが早くなっている気がします。
 
 以前は、10秒や15秒は扉が開いていた気がしますが、今は叱られたり、怒られたりしそうになると、数秒でシャッターを閉じる。だからといって、仙台育英の生徒が素直さに欠けるわけでも、人の話を聞けないわけでもないんです。
 
 村中 興味深い話ですね。素直で人の話を聞ける生徒が、「叱る」という行為に対してはすぐにシャッターを閉じる。そもそも、「叱る」にはその時その場の行動を変える効果しかないものですが、それが近年より顕著になっているということでしょうし、生徒たちが叱られることにしらけてしまっているのかなとも思います。

――さきほどの「シャッターが早く閉じる」という須江監督の話に関して、何か考えられる要因はありますか。
 
 村中 叱られたときの反応で多いのは「戦う」か「逃げるか」。シャッターが開いている間は戦っていて、自分の言い分を相手にわからせようとしている。

 でも、閉じているということはもう逃げているのかもしれませんね。ファイトする気力が残っていない。たいていの子は、「叱られているこの場を早く終わらせたい」としか思っていません。苦痛を感じないために、心を閉ざして、自らの感情にフタをしていると言ってもいいでしょう。
 
――自分の主張を口にするよりも、黙っていたほうがいいという思考ですね。
 
 村中 では、その思考がどこから始まっているかとなると、教育現場における”自由度の少なさ”が密接に関わっていると推測しています。具体的に言えば、「自分で選択する機会がとても少ない」。

 教員や指導者が、「この方法でこれをいつまでにやってください」と方法論と目標をセットで教えることによって、子どもたち自身が自己決定する場が失われます。そして、縛られたルールからはみ出る子どもは叱られてしまう。

 こうなると、子どもたちの心に残るのは「圧倒的な無力感」。自分で物事を決められず、変えることもできず、相手(権力者)の言うとおりのことをしなければ評価されない。

 だから、戦おうとは思わないんですよね。外から見たときには、「我慢強く、先生や指導者の言うことを素直に聞く子」と見られるかもしれませんが、内面は決してそうではないのです。ただ、あきらめているだけです。

(後編に続く)



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