写真提供:共同通信 ■歴代屈指のドクターKへと成長 16勝6敗、防御率1.97。チームの大黒柱だった岸孝之が楽天に移籍し、今季は新エースとして一本立ちを求められた西武・菊池雄星は、最多勝と最優秀防御率の2冠に輝く圧倒的な成績でその期待に応え…

写真提供:共同通信

 

■歴代屈指のドクターKへと成長

 16勝6敗、防御率1.97。チームの大黒柱だった岸孝之が楽天に移籍し、今季は新エースとして一本立ちを求められた西武・菊池雄星は、最多勝と最優秀防御率の2冠に輝く圧倒的な成績でその期待に応えてみせた。2009年のドラフトで6球団が競合した大器が、プロ8年目にしてようやく真の覚醒を果たしたといえるだろう。

 そんな菊池の成長ぶりを語るうえで欠かせないのが、奪三振率の急激な上昇である(図1)。昨季までの菊池の通算奪三振率は7.28と、「NPBの平均的な先発投手よりは三振が取れる」程度だった。それが、今季は見違えるほどのハイペースで三振を量産。奪三振王のタイトルこそ則本昂大(楽天)に阻まれたものの、187回2/3を投げて217個の三振を奪い、規定投球回に到達した投手では球団史上最高となる奪三振率10.41をマークした。

 さらに特筆すべきは、この217個のうち159個を右打者から奪ったことだ。今季の菊池は右打者との対戦が470打席あるから、実に3打席に1回以上の割合で三振に仕留めた計算になる。これは、今回の分析にあたって詳細なデータを入手できた1960年以降で見ても、規定投球回に到達した左投手では断トツの数字だ(表1)。しかも、前人未到の401奪三振を記録した1968年の江夏豊(阪神)や、規定投球回到達者で歴代最高の奪三振率11.05をマークした1998年の石井一久(ヤクルト)など、そうそうたる顔ぶれを抑えての1位なのだから恐れ入る。

■後ろ足を狙うスライダー

 では、菊池はなぜ右打者からこれだけ三振を奪えているのだろうか。手始めに球種別投球割合の推移を見ると、チェンジアップの割合が年々減少し、代わりにスライダーが増加していることが分かる(表2)。一般的に、左投手が右打者と対戦する際には、チェンジアップやフォーク、シンカーなどが多くなる傾向にあるが、菊池はこういった落ちるボールを使わない投球へとシフトしているのだ。これは、本人が昨年のインタビューで「ストレートが150キロを超えるようになってから、チェンジアップがうまく操れなくなった」と明かしているように、チェンジアップやフォークの精度に不安が残ることも背景にあるのだろう。そのため、より自信のあるスライダーで勝負するケースが増えていると考えられる。

 この右打者に対するスライダーの投球ゾーンをヒートマップにして表すと、ある傾向が浮かび上がる(図2)。そのほとんどが、内角低めの一帯に集中しているのだ。NPBの平均的な左投手と比較しても、内角低めへの投球割合は明らかに高い。

 こうした左投手が右打者の、あるいは右投手が左打者の内角低めに投じるスライダーには、「バックフット・スライダー」という呼称がある。投手から見て後ろ側にある打者の足、すなわちバックフットを目がけて投げることから、この名前が付いたものだ。昨年のオフに、藤浪晋太郎(阪神)がこのボールの習得に意欲を示したことで、にわかに脚光を浴びたのを記憶している方もいるだろう。

 一般的に、バックフット・スライダーは後ろ側の足を狙う分、より打者に近い地点から曲がるため、直前までストレートとの判別が付きにくいといわれている。実際に、NPBの左投手が右打者に投じたスライダーの奪空振り率をゾーン別で見ると、数値が高いのは内角低めであり、菊池の場合はこの傾向がより際立つことが分かる(図3)。スライダーを最も空振りが期待できるゾーンに徹底して集めているからこそ、菊池はチェンジアップやフォークを使わずとも右打者から三振を量産できているのだ。

■見極めを困難にする“球速差”

 スライダーに関してもう一点注目したいのが、球速である。2015年にも腕の振りを変えたことで球速が大幅に上がったが、今季はさらなる高速化を見せたのだ(図4)。昨季から3.9キロのスピードアップは、ストレートの1.5キロを大きく上回る。つまり、単純に球速が上がったことに加え、ストレートとの球速差が小さくなったために、バックフット・スライダーとストレートの見極めがより困難になった可能性が考えられる。

 それを裏付けるデータとして示したいのが、右打者から奪った見逃し三振の数だ(図5)。昨季はわずか7個しかなかった見逃し三振が、今季は34個と5倍近くに跳ね上がったのである。さらに、そのうち25個をストレートで記録したことから、打者がバックフット・スライダーを意識するあまり外角のストレートに手が出なかったり、ボールになるスライダーと判断して見送ったらストライクゾーンのストレートだったりするケースが増えた、という推察ができる。

 以上を踏まえ、最後に右打者から奪った三振の配球チャートを昨季と今季で比較したい(図6)。全体的な三振の増加は図を見ても明らかであるが、特に目立つのが赤い点線で囲った部分で、バックフット・スライダーによる空振り三振や、ストレートによる見逃し三振が増えたことが分かる。8月3日の楽天戦(メットライフ)では、ウィーラーの内角にNPBの左腕史上最速となる158キロのストレートを投げ込み、直後にワンバウンドになるバックフット・スライダーで三振に取る場面があった。こうしたストレートとスライダーのコンビネーションが、今季の菊池の躍進を支えたことは間違いないだろう。

 菊池は花巻東高時代にメジャーリーグの8球団と面談を行った過去があり、昨年の契約更改の席ではメジャー挑戦の意思を明らかにしている。今オフのポスティングシステムを利用した移籍は球団側が難色を示したようだが、おそらく将来的には海を渡ることだろう。それまでは、進化を続ける左腕の投球を堪能するとともに、新たなバックフット・スライダー使いが現れるかにも注目していきたいところだ。

【出典】
「菊池雄星 運命に導かれた左腕」, 『週刊ベースボール』 2016年6月20号, p.8, ベースボールマガジン社

※データは2017年レギュラーシーズン終了時点

文:データスタジアム株式会社 佐藤 優太