西田とのフィジカル勝負を制した中谷。一部で批判を招いた戦いぶりは“本場”の記者たちはどう見たのか。(C)Takamoto…

西田とのフィジカル勝負を制した中谷。一部で批判を招いた戦いぶりは“本場”の記者たちはどう見たのか。(C)Takamoto TOKUHARA/CoCoKARAnext
相手がケガを負った箇所を攻めるのは当たり前
「(ダーティという批判は)馬鹿げている。頭がぶつかっただけだ。ボクシングではよくあることだし、痛めた肩への加激はそもそも反則ですらないのに」
米老舗専門誌『The Ring Magazine』のマネージングエディターであるトム・グレイ記者がそう述べていたことに、筆者もまずは文句なしで同意したい。
【動画】1Rから打ちに出た中谷潤人と西田凌佑の珠玉の攻防をチェック
ボクシングファンなら何の話かはすぐにわかるはずだ。6月8日に有明コロシアムで開催されたWBC、IBF世界バンタム級王座統一戦で、中谷潤人(MT)が西田凌佑(六島)に6回終了TKO勝ち。その試合中にバッティング、クリンチ際のレスリング行為などがあり、加えて西田の右肩脱臼後は故障箇所を容赦なく攻めた中谷が“ダーティだった”と一部から批判の声が挙がったのだ。
個人的には前述した通り、中谷の西田に対する戦い方がダーティだとはまったく思わなかった。そんな話が出てくること自体、驚いたというのが正直なところである。
確かに普段の試合と比べ、中谷はフィジカルな戦いを選択した。筆者はむしろその部分に“ビッグバン”という愛称を名乗り始めた27歳の成長を感じた。相手がケガを負った箇所を攻めるのは当たり前であり、逆にそれをしなかった場合にこそ、“全力で戦っていない”“相手をリスペクトしていない”と批判されて然るべきだと考える。
「両者とも非常にフィジカルな戦いだった。目を引くような反則的な動きがあったとは思わない。ジュントは普段よりもパンチを浴びはしたが、すぐに適応して主導権を握った。ただそれだけのことだ」
米専門サイト『Boxing Scene』のシニアライターを務めるジェイク・ドノバン氏がそう述べていたのをはじめ、アメリカの関係者の間でも中谷が「ダーティだった」という意見は聞いたことはない。もちろん、「アメリカでそう言われているから正しい」と主張するつもりはないが、今回はそちらの方が適切な見方ではないだろうか。
ともあれ、見応えのある攻防が繰り広げられた西田との統一戦を無事にクリアし、中谷に関する話題は、近未来の井上尚弥(大橋)とのスーパーファイトに移っている。
“近未来の”とはいっても井上はあと2戦、中谷も少なくともあと1戦をこなした後の話のはずだが、すでにこれほど話題になっているのはそれだけ魅力のあるマッチメイクだからこそ。互いにパウンド・フォー・パウンド・ランカーの直接対決は、もはや日本国内限定のビッグイベントではなく、世界的なメガファイトに昇華を始めた印象がある。

井上戦に向けて中谷が挑むべき道はいかなるものなのか。(C)Takamoto TOKUHARA/CoCoKARAnext
強烈な左フックを持つカルデナスと拳を交えれば……
至高の一戦に向け、注目はまず両雄がそれまでにどんな相手と対戦し、そこでどういった戦いをしていくか。井上は9月にWBA暫定王者ムロジョン・アフマダリエフとの対戦が内定し、12月にもサウジアラビアで登場という流れになっている。一方、中谷はどの階級で、そして誰と戦うべきなのか。
ドノバン記者は中谷のバンタム級統一路線続行に色気を見せつつ、井上戦を睨むのであれば、早く階級を上げるべきという見解だった。
「個人的にはジュントがバンタム級でさらなる統一戦を成し遂げる姿を見たいところだが、それよりも1階級上でノンタイトル戦を経験することで井上戦に備えられる。ジュントはスーパーフライ級での初戦でフランシスコ・“チワス”・ロドリゲスJr.に勝利した際、爆発的な強さは見せなかったが、それでも階級に慣れるのに絶好の機会になった。その一戦を経て、以降は毎回素晴らしいパフォーマンスを見せている。スーパーバンタム級でもそんな試合を挟めれば、井上戦での勝機は高まるだろう」
2022年11月、新階級での試金石になったロドリゲス戦で中谷は時に被弾しながらも大差の判定勝ちを収めた。新しい階級初戦で快勝したとはいえなかったものの、経験豊富な相手に幅の広さを示し、その後のさらなる快進撃に繋げたのだった。
2024年2月のバンタム級昇級時には、中谷はテストマッチなしでもWBC同級王者アレハンドロ・サンティアゴ(メキシコ)に6回KOで圧勝している。ただ、スーパーバンタム級での標的は、とにかく破格の強者(井上尚弥)となるだけに、その前に新階級でのテストマッチを挟んでおくべきという意見には一理ある。
今年2月のデビッド・クエジャル(メキシコ)戦、最新の西田戦での中谷は、少々強引な攻めも目立った。パンチを浴びる場面も少なからずあり、クエジャル戦では危ないタイミングで左フックも受けた。それでもあっさりとねじ伏せる力強さは見事ではあったものの、「もっとパワーのある選手と対戦したらどうなるか」という懸念を感じさせたのも事実だった。
無論、過去2戦では相手のタイプも見越してそういう戦い方を選択したのだろうし、井上戦で同じようなストロングスタイルで臨むとは限らない。たとえそうだとして、ビッグファイトの前に新階級で強豪との正当なチューンナップをこなしておくことにはプラスの要素しかない。
例えば、ラモン・カルデナス(米国)、ルイス・ネリ(メキシコ)のようにスーパーバンタム級での実績と一定以上のパワーを持ち、井上の過去の対戦者でもある選手と戦えば面白い。特に強烈な左フックを持つカルデナスと拳を交えれば、中谷のディフェンス、タフネスなどが試され、“モンスター”挑戦への強烈アピールになるに違いない。
そういった意味で、中谷の次戦のマッチメイクは実に興味深い。壮大なストーリーの重要なチェックポイントになる一戦でどんな戦いを見せるか。そこでは理に叶い、多少のリスクもあるコンテンダーを鮮烈に倒し、日本ボクシング史上最大級の一戦に向けて気勢を上げてもらいたいところだ。
[取材・文:杉浦大介]
【関連記事】なぜ中谷潤人は西田凌佑を相手にスタイルを変えたのか? 非情に徹した“予想外の攻撃”を生んだ名参謀の閃き「本当に潰していくというイメージ」
【関連記事】【現地発】日本でも話題になった「フェザー級が限界」の真意 井上尚弥が語っていた“目指すもの”「人間の限界はありますから」
【関連記事】戦慄KO負けの佐々木尽に突き付けられた「現実」 “世界の壁”を示した最強王者ノーマンの言葉「満足している場合ではない」