蘇った伊藤がメダル獲得に笑顔を見せた(C)Getty Images 先月カタールで行われた世界卓球選手権大会で、女子シン…

蘇った伊藤がメダル獲得に笑顔を見せた(C)Getty Images

 先月カタールで行われた世界卓球選手権大会で、女子シングルスで銅メダルを獲得した伊藤美誠。中国選手が5人も出る世界選手権でのメダル獲得の困難さは、2人しか出ない五輪の比ではない。その世界選手権で伊藤は、見事、世界ランキング4位の王芸迪を破ってメダルをもぎ取った。過去18年間の10大会で、女子シングルスで中国以外の選手が手にした、平野美宇、早田ひなに続く3個目のメダルだった(残り37個はすべて中国)。それほど世界選手権でメダルを獲ることは難しい。

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 昨年1月、パリ五輪2024の代表選考レースで敗れたときの会見で「これで終われないという気持ちもすごくあるけど、終わりたいという気持ちもある」と涙ながらに語ったときには、誰もが伊藤の引退を予想した。

 世界ランキングもそれまでの実績も考慮せず、2年弱にわたって13回もトーナメント戦を繰り返す選考レースは、開始当時世界ランキングが日本人最高の4位だった伊藤にとってあまりにも過酷だった。対外的に最強だったとはいえ、組み合わせに左右される一発勝負のトーナメント戦をやれば勝てるとは限らない。世界ランキングのアドバンテージがないばかりか、追われる立場の不利だけが伊藤に降りかかった。

 卓球はメンタルのスポーツだと言われるが、他の選手たちより卓球台の近くに立ち、短い場合には相手の打球からわずか0.3秒で打ち返す伊藤の卓球は、とりわけ繊細だ。このレベルの反応は限りなく無意識の領域で行われるが、動作を意識した途端にその精度は落ちる。だから精神状態の影響を大きく受ける。

 こうした状況のためか、選考レースで伊藤は5位スタートと出遅れた。後半は徐々に追い上げたものの最終的に平野美宇との出場権争いで敗れた。レース終盤の伊藤は、傍目にも心身ともにボロボロの状態に見えた。

 敗戦後の上記発言も相まって、ここから蘇ると予想できた人はいなかったのではないか。その翌月のインタビューでは「今まで日本選手が成し遂げていない世界ランキング1位を目指す」と笑顔で新たな目標を口にしたが、正直なところそのときも、空元気か強がりに見えた。

 しかし伊藤は本当に蘇った。しかも、過去7連敗中で、徹底的に伊藤対策をしてきたはずの王を破るほどに強くなって。それはかつて中国のメディアから大魔王と形容されたそのものの強さだった。

 伊藤は試合中にときおり笑顔を見せ、試合をするのが楽しくて仕方がない様子が伝わってきた。パリ五輪の呪縛から解き放たれた伊藤は恐ろしく強かった。

[文:伊藤条太(卓球コラムニスト)]

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