夏の甲子園は都道府県大会を勝ち抜いた49代表が出場できるが、国体の出場枠は12しかない。甲子園のベスト8に、それ以…

 夏の甲子園は都道府県大会を勝ち抜いた49代表が出場できるが、国体の出場枠は12しかない。甲子園のベスト8に、それ以外の地域性などを考慮した4チームを加えた12校が日本一を争うことになる。夏の大会で勝ち上がったところばかりだから、どこも実力はある。

 10月7日から9日まで開催されたえひめ国体の高校野球(硬式)には、夏の優勝校の花咲徳栄(埼玉)、準優勝の広陵(広島)など強豪校が出場した。しかし、甲子園のときのようなピリピリムードはない。カバーリングを怠ったり、アウトカウントを間違えたり……。夏までなら考えられないようなプレーもあった。とはいえ、それも無理もない。高校球児として2年4カ月という時間をすべて野球に捧げ、最後の夏に甲子園出場を果たし、勝利の喜びを何度も味わったのだから。長い修行から解放されたばかりのような彼らに、もはや怖いものはない。



えひめ国体決勝戦後、笑顔で健闘を称え合う広陵と大阪桐蔭ナイン

 多くの3年生が試合後に「高校での最後の大会。少しでも長く仲間と一緒にプレーしたい」と口にした。そう言いながらも、試合に負けたチームの選手たちがスタジアムの外でフランクフルトを片手に大笑いしているのを見て、彼らにとってはこれが修学旅行のようなものなのかもしれないと思えてきた。  

 初戦で三本松(香川)にコールド勝ちした東海大菅生(東京)の若林弘泰監督は冗談交じりにこう語った。

「3年生には『ここでミスしたら五厘だぞ』(髪の毛を短く刈る)と言いました。その言葉、彼らには一番効きますから」

 この時期、丸刈りよりもちょっとだけ伸びた髪をきれいに整えている選手が目立つ。三本松打線を6回1失点に抑えた松本健吾(東海大菅生)は「甲子園みたいなガチガチの緊張はありません。たくさんのお客さんのなかで久しぶりの実戦だったので、楽しく投げられました」と言う。中村奨成(広陵)など何人もが「楽しくプレーできた」と口にした。

 そのような普段より力の抜けた選手たちのなかで、ひとり闘志をみなぎらせていたのが済美(愛媛)のエース・八塚凌二だった。もちろん、初戦の対戦相手がセンバツの優勝校である大阪桐蔭(大阪)だったことも大きい。開催県代表としての責任も感じていただろう。

 大阪桐蔭にリードを許していた済美は6回に逆転。8回を終わった時点で4対3。それまで八塚は7安打を打たれながらも9三振を奪う力投を見せていた。あと3つのアウトを取れば春の王者を下すことができる。

 しかし、ここから大阪桐蔭が驚異の粘りと破壊力を見せた。9回裏の先頭打者、6番の山本ダンテ武蔵がツーベースヒット。続く加藤大貴がライト前ヒットでノーアウト一、三塁。この好機に8番打者の坂之下晴人がライトスタンドに劇的なサヨナラホームランを叩き込んだ。

 ピンチの場面を迎えても、済美の中矢太監督は動かなかった。夏の甲子園3回戦、盛岡大付(岩手)戦で八塚がリリーフに失敗し、逆転負けを喫しているにもかかわらず、だ。

「試合前は継投策を考えていたのですが、8回まで八塚が抑えてくれたので、最後まで投げさせると決めました。夏の負け方が負け方だったのでここで乗り越えてほしいという思いもありましたが、最後のアウトを3つ取るのがどれだけ難しいかをまた思い知らされました」(中矢監督)

 結果は最悪だった。それでも試合後、涙をにじませながら記者の質問に答えた八塚は「自分としては100パーセントのピッチング。日本一のチームに挑むことができて、後悔はありません」と語った。この悔しさは次のステージで晴らすしかない。

 土壇場で見せた大阪桐蔭の底力は王者にふさわしいものだった。「夏の負け方は関係ありません。もっと野球がうまくなるように。そう考えてプレーしようと選手には話しました」と西谷浩一監督。  

 新チームでキャプテンをつとめる中川卓也は言う。

「後半に強いので、9回も焦りはありませんでした。ダンテさんの勝負強さは自分たち2年生にはないもの。先輩たちは改めてすごいと思いました。3年生と一緒だと、のびのびプレーできますね。国体で吸収したものを自分たちのチームに生かしたいと思っています。キャプテンとしてチームをひとつにして、本気の本気を出せるように。前のキャプテンの福井さんには『キャプテンの心が折れたらチームも折れる。キャプテンが変わればチームも変われる』と言われています」

 大阪桐蔭は2回戦で夏の王者の花咲徳栄(埼玉)を7対4で下し、準決勝で津田学園(三重)に12対0でコールド勝ち。決勝では夏準優勝の広陵(広島)を苦しめたものの、7対4のスコアで敗れた。

 1番センター・藤原恭大、3番の中川、準決勝まで4番を任された根尾昴(準決勝は投手として5回を完封。決勝はリリーフ登板)、強打の花咲徳栄打線を6回6安打1失点で抑えた柿木蓮は2年生。まだ修行の真っ最中の彼らは、それぞれに持ち味を発揮していた。

 新チームの主軸を担う選手たちは国体を戦いながらも、センバツ出場のかかった大阪府大会、近畿大会を見据えている。やはり国体は修学旅行ではない。長く続く野球人生にとって大事なものを選手たちはここでつかんだはずだ。