「(田中将大のピッチングは)素晴らしかった。必要なすべてをもたらしてくれた。これ以上の仕事はないよ。1点で勝負が決ま…
「(田中将大のピッチングは)素晴らしかった。必要なすべてをもたらしてくれた。これ以上の仕事はないよ。1点で勝負が決まるゲームで、彼はその点を与えなかったんだからね」
10月8日、ニューヨークで行なわれたア・リーグ地区シリーズ第3戦後に、ヤンキースのジョー・ジラルディ監督が残した言葉には、いつも通りに面白味はなかった。それでも、優勝候補のインディアンスを1−0で振り切った後で、”救世主”となった田中を讃える言葉に実感がこもっていたのは事実である。
ア・リーグ地区シリーズ第3戦で、ポストシーズン初勝利を挙げた田中
インディアンスの本拠地であるクリーブランドで2連敗し、リーグ優勝決定シリーズ進出に王手をかけられたヤンキース。第1戦ではシーズン途中に獲得したソニー・グレイが痛打され、第2戦では最強の武器と目されたブルペン陣が崩れた。シーズンから通じて、直近の39戦で35勝と絶好調のインディアンスは、戦前の予想通りヤンキースより1枚上の難敵に思えた。
そんな絶体絶命の状況下で、田中は”ニューヨーク最後の希望”となった。地元の期待を一身に背負ったマウンドで、ジラルディ監督の言葉通り、田中は最高のピッチングを披露してくれた。
今季メジャー最多タイの18勝を挙げた、インディアンスの先発カルロス・カラスコのスライダーにもキレがあり、1点勝負になることは序盤の時点で明らかだった。緊張感に溢れたゲームのポイントは4回表。田中が一死から2番のジェイソン・キプニスに不運な右越え3塁打を許し、相手の中軸を迎えた場面である。
「コンタクトがうまい(ホセ・)ラミレスでしたけど、何とか三振に取りたかった。(ジェイ・)ブルースもそういう気持ちがありました」
犠牲フライでの1点も許したくない状況で、田中は狙い通りに3番ラミレス、4番ブルースをスプリットで連続三振に斬って取る。この日のスプリットには極上のキレがあり、来るとわかっていても打者は対応しきれないレベルだった。ピンチを脱した田中はマウンド上で雄叫びを挙げ、満員のファンもその闘志に酔った。
真っ向勝負にこだわるのではなく、引くべきときには引けるのも田中の長所である。続く5回、インディアンス打線のなかで最もタイミングが合っていたカルロス・サンタナに対しては、安易にストライクを取りにいくことを徹底して避けた。
「先頭バッターですけど、長打が一番いけなかった。3-2からのボールも自分ではいいところに投げた。(歩かせても)しょうがないという感じでした」
たとえイニングの先頭打者であろうと、左打者の本塁打が出やすいヤンキースタジアムでは一発を打たれるリスクは冒せない。結果として無死一塁になったが、その四球すらもある程度は計算の内だったことを、田中は試合後に認めていた。その後、一死からマイケル・ブラントリーに二塁ゴロを打たせて併殺を奪い、ここでもピンチをしのいでいる。
「いろんな部分でのバランスがよかった。相手のバランスを崩せていた」
田中本人がそう語った通り、ア・リーグの昨季王者を向こうに回し、”知力、体力、時の運”をすべて駆使したようなピッチングは実に見応えがあった。6回には、フランシスコ・リンドーアの右翼への大飛球をアーロン・ジャッジが超美技でキャッチし救われたが、この打球にしても完璧に捉えられたわけではない。
身も凍るような重圧の中で、7回を3安打無失点、1四球、7奪三振という投球内容は圧巻。決勝弾を放ったグレッグ・バード、5アウトを奪った守護神のアロルディス・チャップマンの活躍も際立ったが、勝利の”最大の立役者”が田中であったことに疑いの余地はない。
「プレッシャーはもちろんありましたけど、そういう状況でやることがプレーヤーとしての喜び。勝つことで流れを変えられるんじゃないかと思っていた。ネガティブに捉えないで、ポジティブに捉えてマウンドに上がることができました」
田中はそう述べたが、本当にシリーズの流れが変わるかどうかはわからない。対戦成績は1勝2敗となったが、地力で勝るインディアンスを相手に、ヤンキースの絶対不利は依然として変わらないだろう。第4戦、あるいは11日の第5戦でシーズンが終わる可能性は低くない。
ただ……。たとえそうだとしても、地元ファンを興奮させ、歓喜させ、希望を与えた第3戦での田中の”マスターピース(絶品)”の価値が下がるわけではない。
「こういうゲームを投げて、勝つために僕はここに来たと思っている。前回、(2年前に)ワイルドカードゲームで投げた時は負けてしまいましたけど、今回はこういう状況のなかで勝てた。こっちに来てから一番大きな勝利だったんじゃないかなと思っています」
その感情はチームの側にも共通するものだろう。2014年1月、ヤンキースが総額1億5500万ドルという大金を払って田中を獲得したのも、端的に言ってこんなゲームのためだった。そして、アップ&ダウンの激しさに苦しんだシーズンの最後に、最も重要な一戦で最高の結果を出してみせた。
たまらなくせっかちで、早々に結果を出せない選手には容赦なくブーイングを浴びせるのがニューヨーカー。しかし、大舞台で力を発揮できるアスリートに対して、この街の人たちは立ち上がって拍手を送ることを厭(いと)わない。
これから先に何があろうと、2017年10月8日の”タナカ・タイム(Tanaka Time)”が忘れられることはない。不安が徐々に希望へと変わっていったスタジアムの大歓声の余韻も消えない。秋のマウンドでの躍動と咆哮は、田中のメジャーキャリアを語るうえで、重要な1ページとして記憶されていくはずである。