■相手の法大監督がビデオ検証要求も判定は覆らず「セーフの確信あった」 立大は19日、東京六大学野球春季リーグの法大1回戦…
■相手の法大監督がビデオ検証要求も判定は覆らず「セーフの確信あった」
立大は19日、東京六大学野球春季リーグの法大1回戦にサヨナラで先勝した。1-1の同点で迎えた9回2死満塁の好機に、今季4年生にしてリーグ戦デビューしたばかりの野村陸翔外野手が代打で登場し、三塁内野安打で決勝の1点をもぎ取った。
ヒーローは“意外な男”だった。9回2死満塁で代打で左打席に立ったが、あっという間にカウント0-2と追い込まれた。3球目の「外角高めのボール球のストレート」に食らいつくも、打球は三塁手の正面へ。万事休すと思われたが、野村は快足を飛ばしてあっという間に一塁へ接近。余裕を持った三塁手の送球が一塁手のミットに収まるより、ヘッドスライディングした野村の手が一塁ベースに到達する方が早かった。
直後、相手の法大・大島公一監督が、今季から導入された「ビデオ検証」を要求したが、判定は覆らず。野村は改めてチームメートに祝福され、両手を挙げながら歓喜の雄叫びを上げた。ビデオ検証の最中も、「セーフだという確信があったので、楽しみにしながら見ていました」と不安はなかった。
実はヘッドスライディングは「小学1年で野球を始めて以来、中学、高校、大学を通じて初めて」だった。「大学1年までずっとピッチャーで、ヘッドスライディングはするなと言われてきたので」。咄嗟の“初ヘッスラ”が、一生忘れられない歓喜に結びついたわけだ。
東京・中野区にある私立の宝仙学園小学校に通っていた頃、神宮球場で立大戦を観戦。「子ども心にユニホームがかっこいいなと思って」。立教池袋中進学を決意した。同中3年の春に東京都大会で優勝したことから、同年夏には神宮球場で行われた高校野球西東京大会決勝で始球式を務めた。ところが、右打者の顔付近への大暴投。「それ以来、いつか神宮でリベンジしたいと思っていました」と打ち明けた。

■野球名門校出身者がズラリ「なかなかD軍から這い上がれなかった」
東京・立教池袋高を経て、念願の立大野球部入り。しかし、この日も立大のスタメンには、大阪桐蔭高、広島・広陵高、愛知・中京大中京高、東邦高、沖縄・興南高など野球名門校出身者がズラリと並び、甲子園経験者も多い。立教池袋高、立教新座高など付属校出身勢が出場機会を得るのは容易でないのが実情だ。
野村が2年生への進級を前に、外野へ転向することを決意したのも、「同学年に小畠(一心投手=奈良・智弁学園高出身)、竹中(勇登投手=大阪桐蔭高出身)、吉野(蓮投手=宮城・仙台育英高)といった凄い右投手がたくさんいて、生き残る道は野手転向しかないと思ったから」だった。
野手転向後、「手の皮が剥けるほどバットスイングをしても、なかなかD軍(4軍)から這い上がれず、苦しい時期が続きました」。それでも諦めず、最上級生となった今季、今月12日の慶大1回戦の延長10回に先頭打者として代打で起用され、リーグ戦デビュー。一塁線を破る二塁打を放った。同13日の慶大3回戦では空振り三振。19日現在、代打で通算3打席に立ち、2安打1打点と勝負強さを発揮しているところだ。
木村泰雄監督も「スイングの速さと強さは3年生の時から目立っていましたが、如何せん試合経験を積めていなかった。この春のオープン戦で経験を積み、神宮に立てるようになった。本人の努力の賜物だと思います」と感慨深げに称える。
野村の立大入学後、チームはリーグ戦で5位3度、4位2度、3位1度。「ずっと低迷する立教を見てきたので、自分が勝ちに貢献できて凄くうれしいです」と満面に笑みを浮かべた。付属校出身者の意地と、チームの低迷脱出に懸ける思いがシンクロした格好だ。卒業まであと1年。野村が神宮で躍動する時間は、まだたっぷり残されている。
(Full-Count 宮脇広久)