巨額のマネーが動くサッカー界。だが、どんな大金にも、心を動かされない選手がいる。サッカージャーナリスト大住良之は、サッ…
巨額のマネーが動くサッカー界。だが、どんな大金にも、心を動かされない選手がいる。サッカージャーナリスト大住良之は、サッカー日本代表・三笘薫の「決断」にエールを送る。
■サッカー選手の「至高の夢」
現代のサッカー選手たちの最大の目標は何だろうか。
世界最高レベルのイングランドのプレミアリーグでの活躍だろうか。クラブとして臨む最高峰の大会であるUEFAチャンピオンズリーグ優勝だろうか。そして何よりも、代表チームでプレーするワールドカップは、誰にとっても至高の夢にちがいない。
しかし、その一方で、とにかく大金を稼いで家族や親族を幸福にしたい、そのためであれば、チャンピオンズリーグやワールドカップの「栄誉」など自己満足に過ぎないと思っている選手も案外、多いのかもしれない。それはそれでひとつの「生き方」であり、非難すべきものではない。
だが三笘はそうではない。明らかに「日本人サッカー選手として最高のところに到達したい」という思いを持っている。だからプレミアリーグで優勝争いをし、チャンピオンズリーグを制覇できる可能性を持ったクラブでのプレーを願っているはずだ。ブライトンでそれがかなわなければ、プレミアリーグ内での「ステップアップ」を狙うかもしれない。アルヒラルからの誘いには見向きもしなかった三笘だが、今夏プレミアリーグの優勝争いをするクラブ(=チャンピオンズリーグ優勝の有力候補)に移籍する可能性は十分ある。
■「目標はワールドカップ優勝」と公言
そしてまた、森保一監督率いる日本代表の一員として、29歳で迎えるワールドカップ2026北中米大会は、もしかしたら三笘の人生で最大の挑戦になるかもしれない。森保監督は「目標はワールドカップ優勝」と公言している。選手たちも真剣にそう思っている。この戦いに挑むには、世界最高レベルの環境で活躍し続けることが非常に重要だ。
筑波大を卒業した翌年、川崎フロンターレとプロ契約したときの三笘の年俸は2000万円ほどだっただろう。現在はその40倍である。もちろん、それが増えるのは悪いことではない。しかし、三笘はたとえ、その10倍の年俸を提示されても、「世界最高レベルでのプレー」というサッカー選手として心から挑戦しがいのあるものを手放さないだろう。
■「健全な経済感覚」を持った人間
ヴォネガットの「小説内小説」『転轍手の居眠り』の主人公は、アルベルト・アインシュタインである。会計士は彼にこんなことを言って責める。
「もしあなたがスイスのベルンにある自宅を抵当に入れて、EイコールMCの二乗だと世界に教える前に、その金をウラン鉱山に投資していれば、億万長者になれただろう」
「もしあなたがプリンストン高等研究所時代に貯蓄銀行に預けておられた金を、たとえば千九百五十年から、IBMとポラロイドとゼロックスに投資しておられたならば…」
アインシュタインは、会計士たちが残酷なうそをついていると、神様に手紙を書く。彼の計算によると、「もし地球人のあらゆる人間があらゆる機会をフルに利用し、百万長者から億万長者、さらにはそれ以上になったとすると、この小さな惑星上の帳面づらの富が、たった三か月かそれぐらいで、全宇宙の鉱物資源を合わせた価値よりも大きくなってしまうだろう」
現代のサッカーを取り巻く「公認会計士」たちや「投資顧問」や「ビジネス・マネジャー」たちが何と言おうと、三笘は「健全な経済感覚」を持った「まとも」な人間だ。それをしっかりと示せたことは、日本のサッカーと、何よりも三笘自身にとって素晴らしいことだった。