元DeNAの乙坂智は試合中のプレーで右肩を亜脱臼した 2021年までの10年間、DeNAでプレーした乙坂智外野手は2016年の試合中に右肩を亜脱臼するアクシデントに見舞われた。その翌日、スタメンを“免除”させてもらおうと打診すると、アレック…

元DeNAの乙坂智は試合中のプレーで右肩を亜脱臼した

 2021年までの10年間、DeNAでプレーした乙坂智外野手は2016年の試合中に右肩を亜脱臼するアクシデントに見舞われた。その翌日、スタメンを“免除”させてもらおうと打診すると、アレックス・ラミレス監督に即2軍行きを通達された。慌てて大丈夫と説明したが、もはや指揮官の意向は変わらなかった。出場機会が増え始めた時期で「僕の甘さ」と猛省した。

 横浜高から入団5年目の2016年6月19日の楽天戦。フォークボールに体勢を崩されて空振りした際に右肩を亜脱臼し「肩が上がらなくなりました」。「1番・右翼」で出場したこの試合は4打数2安打で打率.288まで上げていた。

 その翌日も肩の状態は戻らず、トレーナーと相談。予定されていたスタメンは外してもらうことにした。トレーナーがラミレス監督に伝えにいくと、すぐに乙坂も呼ばれた。「2軍へ行ってこい」。予期せぬ指令に乙坂は「大丈夫です。出ます」と伝えたが「もうダメでした。『治してこい』と」。意思は変わらなかった。

「今思うと、無理をしてでも出なきゃダメだった。そんな余裕はないはずでした。ラミレス監督も現役のときにアメリカ(の野球界)から来て、日本で自分の立場を確立していくにあたり、いろんな体調管理をしていたんだと思う。僕の弱さというか甘さでした」

 その日のうちに出場選手登録から抹消。約2週間後の7月2日には1軍に復帰したが、乙坂の代わりに同期入団の桑原将志が中堅に固定。乙坂は復帰後の11試合はすべて代打での出場のみで、8月に入ると出場機会はなく、ベンチを温め続けた。

「自分のポジションは絶対に譲りたくない」

 痛めた肩は完治していない。靭帯や腱が傷つき「今でも痛い」と明かす。だが、2016年の辛酸を嘗めてからは「痛いとか言っていられない」と必死にしがみついた。ボールを投げた後に激痛で涙をこらえたこともあった。

 2019年5月、一塁ベースを駆け抜けた際に左足首を捻挫。靭帯が伸びてしまい、球場の駐車場からロッカーまでまともに足を地面につけなかった。それでもコーチチェックで「全然大丈夫です」と痛めている足で飛び跳ねてみせた。その後、首脳陣の目の届かぬ場所で倒れ込んで声を殺して痛みに耐えた。

「2016年の経験があるからですね。自分のポジションは絶対に譲りたくない。その年は4月(29日)に1軍に上がって、シーズン最後までいけた」。キャリアハイの97試合に出場し、2020年も開幕から1軍で走り抜けた。「2016年の反省を活かせたかなと思います」。プロの世界の厳しさを知り、己の甘さも痛感した。野球人生において、大きな転換期となったシーズンだった(湯浅大 / Dai Yuasa)