同じアジアから世界的なボクサーとなった井上(左)とパッキャオ(右)。(C)TakamotoTOKUHARA/CoCoKARAnext、(C)Getty Images井上の評価の高さを物語る大物プロモーターの称賛「この業界に入って以降、私が観…
同じアジアから世界的なボクサーとなった井上(左)とパッキャオ(右)。(C)TakamotoTOKUHARA/CoCoKARAnext、(C)Getty Images
井上の評価の高さを物語る大物プロモーターの称賛
「この業界に入って以降、私が観た中で最高のボクサーを選ぶとすればそれは井上だ。フロイド(・メイウェザー)、(ミゲール・)コット、(マニー・)パッキャオも偉大だったが、彼は別次元。彼のパンチはまるで銃声のようだ」
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今秋に米スポーツ専門局『ESPN』系列で放送された「The Fight Life」というボクシングのドキュメンタリー番組の中で、米興行大手『Top Rank』のトッド・デュボフ社長がそう述べるシーンがあった。通称“トッド”と呼ばれる彼は、伝説的なプロモーターであるボブ・アラム氏の娘と結婚し、もう30年間も米ボクシング界でプロモート業をこなしてきた人物。そんな大ベテランからの絶賛の言葉は、現代のボクシング界における井上尚弥(大橋)の評価の高さを物語る。
31歳になるまでに4階級を制覇し、現在スーパーバンタム級の4冠を保持する“モンスター”は28戦全勝(25KO)。3階級目のバンタム級に上がってきた頃は世界的な知名度もまだ低かったが、2019年秋に『Top Rank』と契約を締結してからはネームバリューが順調に高まった印象があった。
ボクシング・ファンは熟知している通り、デュボフ社長が名前を挙げたメイウェザー(米国)は50戦全勝のまま5階級制覇を果たした史上最高級のディフェンスマスター。コット(プエルトリコ)は4階級制覇を成し遂げたスーパースターであり、日本でも大人気を博したフィリピンの英雄パッキャオに至ってはもう説明の必要すらないだろう。
そんな拳豪たちと同列に並べられるだけではなく、老舗プロモーターにその上に据えられたことは考え得る限り最高級の賞賛である。
特にパッキャオは同じアジア出身のエキサイティングな複数階級制覇王者という立場から井上の比較対象、目指すべき選手として挙げられることが最も多いボクサーだ。
フライ級からスーパーウェルター級まで事実上の8階級を制覇。アメリカでもメイウェザーとともに一時代を築き、一線を退いて以降は母国の大統領選にまで出馬したパッキャオはすでにボクサーの範疇を越え、いずれ各国の辞書に乗るような人物である。
デュボフ社長の個人的な評価はどうあれ、やはり一般的にパッキャオの歴史的評価は井上よりも1、2段上であろう。メイウェザー以外にもマルコ・アントニオ・バレラ(メキシコ)、エリック・モラレス(メキシコ)、ファン・マヌエル・マルケス(メキシコ)、オスカー・デラホーヤ(米国)、コットといった多くのライバルにも恵まれたことも大きかった。
いわばフィリピンの怪物は、実力と出現したタイミングの良さが合わさることで誕生した「奇跡」とでも呼び得るボクサーだった。“モンスター”はキャリア後半に入っていることは間違いなく、今後に何を達成しようと、もうパッキャオを追い抜くのは考えにくいのが現実だ。
日本から世界へ羽ばたき、激闘を繰り広げてきた井上。その強さにはロマンがある。(C)TakamotoTOKUHARA/CoCoKARAnext
パッキャオに近づくかもしれない「ほぼ唯一の可能性」とは――
ほぼ唯一、可能性があるとすれば、一時期、一部のファンから期待された無鉄砲な昇級によるメガファイト路線を進んだ場合か。
具体的にはライト級あたりまで階級を上げ、ジャーボンテ・デービス(米国)、シャクール・スティーブンソン(米国)といった米国の無敗王者たちを圧倒的な形で連破すればインパクトは大きい。その時には実力評価の面で本当にパッキャオに近づくかもしれない。
ただ……、階級越えファイトは、すでに議論され尽くした話で、2025年を前にして、もう話題になるべきだと思わない。それは他ならぬ井上自身がその現実性、可能性をはっきりと否定してきたからだ。昨年2月の単独インタビューの際、モンスターは筆者にはっきりとこう語ってくれた。
「一番強い自分、『ベストの井上尚弥』というのを常に見せていきたいんです。ファイトマネーが高いからって、フェザー級、スーパーフェザー級でやるのかといったら、それはまた違う。それを追い求めていってパフォーマンスがまったく出せず、終わっていった選手はいっぱいいるじゃないですか。ボクシングをやっている理由はお金じゃなく、自分がどう満足するか、どれだけベストが出せるかっていうところなので」
違う階級の難敵を追い求めるのもロマンの1つ。だが、最善の環境で最高の作品を追求するという職人的な姿勢はリスペクトできる。周辺階級にバレラ、モラレス、マルケスのような選手が存在しなかったのはやはり不運ではあったが、井上は適正階級の中で自身を研ぎ澄ませるという作業を丁寧に続けてきた。2025年以降もそのポリシーを貫き、キャリア終盤を疾走して欲しいと切に願う。
繰り返すが、現代に生きる私たちが孫の代まで語り継ぐのであろう“井上尚弥の時代”はもう終盤に差し掛かっている。アメリカでは依然として待望論があるが、キャリアのこの時点でメガファイトを目指しての階級越えが期待されるべきではない。
それよりも、来年1月24日に延期されたサム・グッドマン(豪州)戦後、ムロジョン・アフマダリエフ(ウズベキスタン)、中谷潤人(M.T)、そしてフェザー級の王者たちといったすぐ近くの階級の好選手たちとしのぎを削る最強王者に、私たちは感謝すべきに違いない。
そんな真摯な姿勢をこれまでも保ってきたがゆえに、モンスターはモンスターであり続けてきた。だからこそ、百戦錬磨のデュボフ社長をして「これまで見た中で最高のボクサー」と評するほどの傑作が形作られてきたに違いない。
[取材・文:杉浦大介]
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