ドイツに本社がある総合医療福祉機器メーカーのオットーボックは、パラスポーツとの関わりが強い。切断者に走る喜びを感じてもらいたい思いから、世界中で下肢切断者向けランニングクリニックを開催。今年の夏に行われたパリ2024パラリンピックでは、すべ…
ドイツに本社がある総合医療福祉機器メーカーのオットーボックは、パラスポーツとの関わりが強い。切断者に走る喜びを感じてもらいたい思いから、世界中で下肢切断者向けランニングクリニックを開催。今年の夏に行われたパリ2024パラリンピックでは、すべての選手が公平な条件で競技に大会に参加できるように義足や車いすなどを無償で修理した。この度、オットーボックの日本法人である「オットーボック・ジャパン」がアスリートやスポーツに関する社会貢献活動の優れたロールモデルを表彰する「HEROs AWARD 2024」(日本財団主催)を受賞。社会課題解決に取り組む活動の一部を紹介したい。
赤土に苦戦した車いすテニス選手から依頼が続々オットーボックは、義肢や装具を作る世界のリーディングカンパニーだ。同社は、1988年のソウル大会から毎回、夏と冬のパラリンピックに修理センターを設けてアスリートをサポートしている。金銭面による国の格差で競技に影響が出ないようにすることを目標に掲げ、大会期間中に持ち込まれた車いすや義足の修理やメンテナンスは、無料で引き受ける。
パリパラリンピックでは、720㎡の修理サービスセンターを構え、41ヵ国から160人を超えるスタッフが3000件以上の対応にあたった。オットーボック・ジャパンから派遣された中島浩貴さんは、過去大会に何度も修理サービスを行ってきた技術者の1人だ。そんな中島さんは、パリ大会で印象に残ったことに、車いすテニス会場「スタッド・ローラン・ギャロス」の赤土(クレーコート)を挙げた。
車いすテニスの競技用車いすは、スムーズな操作性が求められるため、一般的にはロードレースに使われるような表面がツルツルとした、溝がないスリックタイヤを使うことが多い。これまでのパラリンピックは、主にハードコートの会場だったため、いわゆるスリックタイヤが使われていた。しかし、同じタイヤを使ってクレーコートでプレーするとなると、タイヤが滑ってしまう。
日本代表選手をはじめ、全仏オープンに出場した経験がある選手は“赤土仕様”で大会に臨んでいたようだが、初めてクレーコートでプレーする選手や、準備ができなかった国から「タイヤが滑るので、何とかしてほしい」と要望が殺到したという。
「私たちが修理センターにストックしていたタイヤでクレーコートに対応できるものがあったので、基本的にはそれを使いましたが、他の選手のタイヤを見て『あのタイヤがよさそう!』と別のタイヤと交換したいという選手もいましたね」(中島さん)
本来、オットーボックが引き受けるのは修理サービスで、修理後は同社が壊れたものを引き取ることがルール。だが、今回に限っては、交換前のタイヤも性能がよく別の機会に使えるものだったため、取り外したタイヤは選手に返却したという。
電動デバイスとカーボンの普及による修理が増加。3Ⅾプリンターの活用に期待もパリ大会では、東京大会に比べ、車いすに取りつけることができる電動ユニットの修理も多かった、と中島さんは話す。電動ユニットとは、車いすに取り外しできるモーターのことだ。これまでは車いすを自力で漕ぐことができない選手が使う限定的なものだったが、今大会では多くの選手が移動で使用していた印象だ。
だが、電動ユニットは、発展途上かつ過渡期ということもあってメーカーが乱立。それぞれのメーカーがそれぞれの規格で作っていて粗悪品も少なくない。たびたび困難な修理依頼が舞い込んだという。
「大手メーカーであれば、アフターサービスを考えたつくりになっているんですが、安価なものは修理することは前提になく、それを『直して!』と言われるので、なかなか難しかったです」(中島さん)
また、これまではごく一部の選手しか使っていなかったカーボン製の車いすも、競技用、日常用ともに普及が進んでいるようで、その修理件数も増えている。
「フレームにカーボンが使われている車いすは、修理が難しいんです。カーボンファイバーは炭素繊維がつながって強度を出していく素材なので、それが折れてしまうことは、繊維がちぎれてしまったということなので……本来、直すことはできませんよね」(中島さん)
カーボン自体は、これまで義足などにも使われており、新しい素材というわけではないが、使われ方が多種多様になってきたという。
「少なくとも大会中は使えるように直しましたが」と中島さん。国内でメンテナンスを受けられないがゆえに壊れてしまうケースや、使い慣れていないために壊してしまうケースもあるそうだ。
加えて、東京大会ではデモンストレーションに近かった3Dプリンターも、パリ大会では、義足のソケット作製に活用された。これまでの修理は「あるもので何とかする」という考え方だったが、「全く新しいものを作る」という可能性の広がりを見せたパリ大会でもあった。
ランニングクリニック出身のパラリンピック選手もオットーボックのパラスポーツとの関わりは、パラリンピックだけではない。世界各国でランニングクリニックを開催しているが、日本でも2015年から義足ユーザー向けのクリニックを開催。パリパラリンピックに陸上競技で出場した兎澤朋美らトップ選手を輩出している。
下肢切断者に走る喜びを感じてもらうことがミッションだが、パラリンピアンの育成にも寄与しており、パラスポーツ支援に取り組む企業のモデルとなっている。
text by TEAM A
key visual by X-1