マラソン大会の開催やプロスポーツチームの誘致など、昨今、スポーツを軸にした「まちおこし」が全国で行われている。そんな中、野球に特化したスポーツで年間経済効果1億円を実現した自治体がある。その詳細を取材した。プロ顔負けの本格スタジアムで野球が…
マラソン大会の開催やプロスポーツチームの誘致など、昨今、スポーツを軸にした「まちおこし」が全国で行われている。そんな中、野球に特化したスポーツで年間経済効果1億円を実現した自治体がある。その詳細を取材した。
プロ顔負けの本格スタジアムで野球ができる徳島県の南東部に位置する阿南市の「JAアグリあなんスタジアム」は、2007年に誕生した誰でも利用できる県立・市営の野球場だが、その設備はプロ顔負け。たとえば球場の中堅(本塁から外野フェンスまで)の長さは、プロ野球12球団の本拠地球場の中で最も長いエスコンフィールド北海道や東京ドームと同じ122メートル。両翼の長さも東京ドームと同じ100メートルと幅広く、プロ野球も開催できる広さを満たしている。さらに内野は黒土、外野は総天然芝、照明設備6基や電光掲示板のほか、スピードガンやAIカメラを備えるなど環境も充実。
阿南市は、この球場での試合と市内観光をセットにした「野球観光ツアー」を2009年から実施しているが、全国の草野球チームが憧れるのと同時に、このツアーを含め、事業全体で年間1億円の経済効果をもたらしていることから、まちおこしのお手本として、全国の自治体からも注目を浴びているのだ。
観光と野球の試合がセットになった人気のツアーなどで、宿泊者数は10年で約20倍全国でスポーツを活用したまちおこしはたくさん実施されているが、阿南市はなぜ成功することができたのか。同市「野球のまち推進課」の大川康宏課長は次のように分析する。
「自治体のスポーツに関する課は、一般的にスポーツ振興課や、教育委員会の保健体育科のようなところに所属しています。しかし私が所属する『野球のまち推進課』は産業部に所属しているんです。つまり野球を産業の1つ、地域の資源として捉え、全国の野球チームの誘致を、スタジアムができた当初から行っているからではないでしょうか」(大川さん、以下同)
阿南市が行っている野球観光ツアーは、全国の草野球チームを対象にしたものだが、その内容は、JAアグリあなんスタジアムでの試合の他、宿泊先では地元特産物を生かした料理を食べながら、阿波踊りを楽しむ歓迎交流会が催される。これで費用は1万8000円~(現地までの交通費別)と良心的なこともあり好評を博しているそうだ。試合相手は60チーム以上ある地元の草野球チームから最適なチームを市が手配。宿泊も地元の宿泊施設を利用、パンプレットなどもすべて市内の業者を使うため、地元にお金が落ちる仕組みになっている。
この他にも、最低でも月に一度は大きな大会やイベントが行われるほか、社会人や大学、甲子園出場チーム等の「野球合宿」を誘致するなど、スタジアムをフル活用した事業を行っているのだ。結果として、阿南市内の宿泊者数は10年で20倍近くになったという。
地元球児が甲子園でベスト8進出今年の高校野球春の選抜大会では、地元の阿南光高校がベスト8まで進出した。ベスト8に残った高校で公立高校は1校のみ。実は高校野球が強くなったきっかけも、この事業が一役かっていると大川さんは話す。
「2019年にも富岡西高校が春のセンバツで21世紀枠に選ばれて、それがすごく盛り上がりました。なぜ、強くなったかというと、春の甲子園大会に出る北信越の高校の合宿を誘致するようになったからです。甲子園に行く前の数日間、阿南市で合宿をしてもらい、その間に地元の高校の野球部と練習試合をさせてもらったんですが、相手チームは広いグラウンドなのにボンボンホームランが入る。初めて全国レベルの野球を目の当たりにして、そこからどんどん実力が伸びていきました」
こうして、野球を中心にしたまちおこしが、地元の高校球児たちの成長にもつながり、野球のまちとして阿南市の知名度が上がるというプラスのスパイラルが生まれているのだ。
最高齢は80代のボランティアチアガール一般的にこれだけの設備が整った野球場があれば、プロ野球の試合やキャンプの誘致を検討するが、阿南市はあえて草野球に目を向けた。プロ野球の場合は、使用するシーズンが限られているが、草野球なら全国に数え切れないほどのチームがあり年間を通して利用してもらえるからだ。
「野球によるまちおこしを提案したのは初代『野球のまち推進課』課長の田上さんという人で、彼のおかげでここまで成功することができましたし、これを認めた当時の岩浅市長もすごいと思うんです。最初は税金で野球だけ応援するのはおかしいという市民からのお叱りの声もあったそうですが、応援してくれる市民の皆さんや、市役所職員の協力もあって、野球のまち阿南の取組は、徐々に市民に浸透していきました」
今では「野球のまち推進課」だけでは人手が足りず、他の課に応援を要請することもあるそうだが、みんな協力的で本当にありがたいと大川さん。また、市民のボランティア協力の力も大きいという。たとえば野球の試合時に応援をしてくれるチアガール組織「ABO60」。なんと阿南市在住の60歳以上の女性で組織されているそうで、その名前の由来は「阿南」「ベースボール」「おばちゃん」「60歳以上」の頭文字。参加資格は60歳以上という規定だが、今では皆さん年を重ねて70歳以上の方が増えてきていて、先日も最高齢の85歳の方が敬老の日の朝刊で紹介されたそう。メンバーの皆さんが頑張ってくれるおかげでPRの一環にもなっているのだとか。
「徳島の特質として、阿波踊りを見に来る観光客の方をお迎えしたり、お遍路さんでいらした見ず知らずの方に『これ、飲んでいき』と飲み物を提供したりと、昔からおもてなしの心が根付いていることがあります。それがこの事業を支えてくれていると思いますね」
「野球のまち推進課」は人数が多いわけではないので、毎日大変ですと言う大川さんだが、その表情は笑顔だった。阿南市のまちおこしの成功の一番の秘訣は、地元の皆さんの野球と地元に対する愛情なのだろうということが、ひしひしと伝わってくる取材だった。
text by Kaori Hamanaka(Parasapo Lab)
写真提供:徳島県阿南市市役所