東京2020パラリンピックの水泳(100mバタフライ/S11)で金メダルを獲得した全盲のスイマーがパリでも主役に輝いた。8月31日に50m自由形で金メダルを獲得した木村敬一は、9月6日の100mバタフライで2連覇を達成。パリから2個の金メダ…

東京2020パラリンピックの水泳(100mバタフライ/S11)で金メダルを獲得した全盲のスイマーがパリでも主役に輝いた。8月31日に50m自由形で金メダルを獲得した木村敬一は、9月6日の100mバタフライで2連覇を達成。パリから2個の金メダルを持ち帰り、パラリンピックで獲得した金メダルは通算3個となった。

予選から修正し50m自由形制す

無観客の東京大会から一変、熱狂に包まれたパリ・ラ・デファンス・アリーナ。50m自由形の決勝に出場した木村は、「タッパー(ゴールやターンの壁が近づいていることをバーで叩いて知らせる人)」を務めた古賀大樹コーチから「5秒(25秒)98、1位です」 と伝えられると、右腕を突き上げ、水面をたたいて喜びを爆発させた。

本命のバタフライではなく、50m自由形での金メダル獲得に「嬉しさもあるが、びっくりが半分」と木村

全体4位で決勝に進んだ木村は、決勝のレースで序盤から好位置につけ、終盤は混戦からわずかに抜け出し、25秒98でフィニッシュ。自身の日本記録を0秒07更新する好タイムで金メダルを手にした。

ゴールした瞬間は状況がわからず、「まあ速いだろうなとは思っていたが、思っていたより高い順位だった」と全盲スイマーならではのコメントで喜びを表現した。

自分の右側にコースロープを感じながら泳ぐ(手前が木村)。「わりと早い段階で見つけられたので落ち着いて泳げた」

予選のタイムは26秒74。東京大会後、安定した姿勢を保持するフォームづくりに取り組んできた木村は、「予選はすごくいい泳ぎができていたらしいが、丁寧に泳ぎすぎた」。そこで、決勝では高ぶる感情をうまくコントロールし、テンポを上げて予選よりストローク数を増やした。古賀コーチと1年半練習してきたというタッピングもハマり、「今できる100%」の自信が結果につながった。

表彰台では大声援を噛み締めるかのように何度も手を振った。「スポーツを見て熱狂する文化を僕もすごく感じています」
フォーム改善が実った100mバタフライ

今大会1つめの金メダルから6日後の夜、木村は100mバタフライ(S11)決勝に登場した。

予選1位。4レーンでスタートする木村は、派手なパフォーマンスは一切せず、いつものように淡々とジャージを脱いだ。昨年の世界選手権で敗れた世界記録保持者のダニーロ・チュファロフ(ウクライナ)は2レーンにいる。

レース前に集中する木村

自分の泳ぎに集中していた木村は、スタート直後から、頭ひとつ飛び出した。

木村は振り返る。

「(理想の姿勢を作るために)浮き上がりのひとかき目は、もう本当に注意して泳いだ。そこが崩れちゃうと、流れなくなってしまうので」

1年半前から、長年の友人でオリンピックメダリストの星奈津美さんにフォーム改善をアドバイスしてもらい、上下動の少ない安定した姿勢作りに取り組んできた。

全盲の木村は、コースロープに頼って泳ぐなど、一見タイムロスになりそうな自分のスタイルは残しつつ、新しいチャレンジで習得した“美しい泳ぎ”で東京大会よりも速いタイムで泳ぎ切った。

その結果、1分00秒90の大会新で1位。2位は世界記録を持つダニーロ・チュファロフ(ウクライナ)、3位に富田宇宙(日本)が続いた。

100mバタフライのメダルセレモニー

「自己ベストという形で出せたのが何より。体力的な練習は詰めていなかったが、技術でここまで記録を伸ばすことができた。現時点でできる最高の状態がここ。僕が持ち合わせている引き出しの最大だなと思います」

より速く、より美しく

東京大会で何よりこだわってきた金メダルを獲得し、パリに向かう道では、金メダルへのこだわりよりも、“泳ぎをよくしたい”という一点に注力することができたことも結果につながった。

レース後、古賀コーチと喜びを分かち合った

「シンプルに、速く泳ぐことを(追い)求められるようになったなと思います」

チュファロフや富田とは違い、2歳で視力を失った木村は泳ぎをイメージすることが難しい。東京大会後、木村が競技を続ける一つのモチベーションとしている“全盲の選手が運動の方法を獲得していくプロセスの検証”も自らのフォーム改良とその成果により、「なんとなくわかってきた」という。

金メダルを手に笑顔の木村

報道陣から「より速く、美しく泳ぎたいか」と質問された木村はこう答えた。

「いや、ちょっとわかんないですけど、結構満足しています」

パラリンピックの熱狂の中で、“世界一の笑顔”を見せた。

text by Asuka Senaga

photo by Hiroyuki Nakamura