文武両道の裏側 第20回大原海輝(東京大学野球部)後編(全2回) 東京六大学野球の2024年春季リーグで、ベストナインに選出された東京大学野球部の大原海輝(3年)。埼玉県屈指の進学校である浦和高時代は文武両道の日々を過ごし、その後1浪を経て…

文武両道の裏側 第20回
大原海輝(東京大学野球部)後編(全2回)

 東京六大学野球の2024年春季リーグで、ベストナインに選出された東京大学野球部の大原海輝(3年)。埼玉県屈指の進学校である浦和高時代は文武両道の日々を過ごし、その後1浪を経て東大に合格。高校時代から現在東大野球部での文武両道の日々に迫る。



東京・文京区の東大球場でインタビューに応じる大原海輝

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【練習後に勉強でフル稼働の高校時代】

ーー勉強も部活も頑張っていた浦和高時代の大原さんのある一日を教えてもらえませんか?

大原海輝(以下同) 朝は6時半に起きました。いろいろ準備して、電車で浦高へ。だいたい、学校に着くのが8時くらいでした。午前中の授業を受けて、特に勉強以外のプラスアルファをするわけでもなくお昼。午後の授業が15時半に終わって、すぐにグラウンドです。

 部活はけっこう長い時間やっていたんですよ。一応ナイターもあったので、20時半ぐらいまで。浦高ってそこから学校に残れるんですよ。その後、友だちと一緒に1時間ぐらい、21時半頃まで勉強して帰りました。

 通学時間がだいたい1時間だったので、家に着くのは23時前ぐらい。家ではご飯を食べて寝ちゃいましたけど、電車に乗っている時は、暗記を中心に英単語とかを覚えていました。暗記系は基礎というか、受験でも大切な部分になると感じていたので、重点的にやっていました。

ーー勉強に野球に充実した日々だったんですね。

 けど、電車ではゲームもしていましたよ。僕は、本当はマルチタスクというのはあんまり好きじゃなくて、野球をやる時間は野球をめちゃくちゃやって、勉強のほうはテスト期間だけやる。集中してガーッとやって、いい順位を狙ってとりにいくみたいな勉強でした。

ーー浦高での成績はいかがでしたか?

 高校2年の頃だと、理系のなかでですけどたぶん30番ぐらいだったんじゃないかなと。

【入って驚いた東大野球部の熱意】

ーー浦高での野球の話をもう少し聞かせてもらえますか?

 高2の秋季大会は、4番・ピッチャーで試合に出てベスト16まで行って負けちゃいました。あと1回か2回勝てれば、21世紀枠での甲子園もあったかもしれません。この時はピッチャーで投げさせてもらったんですが、そのあとに肩を壊しちゃって......。

 高3は投げられない状態で、4番バッターとして試合には出ていたんですけど、この年はコロナの感染拡大のせいで、甲子園も開催されず、県予選も独自大会になってしまいました。最後の夏の大会はベスト32に終わって不完全燃焼でしたが、高校野球はやりきったかなと思います。

ーーやりきったというのは?

 最後の試合、最後の打席でヒットを打てたのが大きかったと思います。相手のピッチャーはプロ注目だと言われていたんで、そのピッチャーから打てたので、自分としては、高校で野球はやりきったかな、と。

ーーいつくらいから東大で野球をやりたいと思うように?

 浪人中です。東大が久しぶりに勝ち点をとったというニュースを聞いて、神宮球場の試合中継を見てみて、東大で野球するのもおもしろそうだなって。ちょうどその頃、友だちに誘われて草野球をやっていたんですけど、久しぶりに野球やったらすごく楽しいなと思えたんです。もしかしたら、東大なら充実した野球生活が送れるんじゃないかなと。

ーー仮に東大ではなかったら野球はしてなかったですか?

 東大じゃなかったら、野球はやってないです。そういう意味では、東大で本当によかったです。

ーー実際、東大の野球部に入って、どんな印象でしたか?

 入る前は東大野球部について万年最下位っていうくらいのイメージしかありませんでした。勉強と野球を両立しながら、野球もそこそこ頑張るぞって感じなのかなと思っていたら、全然そんなことなくて(笑)。

 本当に野球に一生懸命で、今までやってきた環境のなかで、それこそ一番熱意ある人たちが集まっているなと思います。神宮で活躍したい、試合に出たいという思いが、全員から伝わってくる部活だと感じました。

【目指すは東大の打点記録更新】

ーー大原さんが手応えを得られたのはいつ頃から?

 1年の頃から、4年の先輩たちに「バッティングなら、全然通用するぞ!」と評価してもらっていて、打者としては通用する自信はずっとありました。でも2年の時には、当たりはいいんですけどヒットにならなかったり、なかなか結果がついてこなかったので悔しくて。3年になったら絶対に結果を残すぞって気持ちで鍛えました。

ーー今回のベストナイン選出につながってくるわけですが、大原さんは自分を客観視するとどんなバッターですか?

 フルスイングがひとつの特徴になるかなと。そもそも、僕は体が大きいわけじゃないので、思いきり振らないと強い打球が出ないんです。強い打球が打てないと、ヒットにはならない。結果を残すために、フルスイングしかないと思ってやってます。

 でも、根っからの長距離ヒッターではないんです。もしそうだったらツーストライクでもフルスイングという考え方はあると思うんですけど、どちらかというと中距離ヒッターなので、初球、2球目はフルスイングで自分の狙った球だけを振って、追い込まれたらバッティングを変えて当てることを優先していく。

 今年の春季リーグも三振は1個だけだったんですよ。カウントや状況によって、切り替えができた結果なのかなと思います。

ーー東大野球部としてやっていきたいことは?

 もちろん、六大学優勝は一番の理想になりますが、現実的には僕らの代までに最下位脱出したいです。みんなが最下位脱出を信じられる、そういうチームにしていきたい。その目標を、自信を持って達成できる環境をつくりたいです。

ーー個人としてやりたいことは?

 チャンスで打ちたいですね。具体的に言うと、打点を稼ぎたいです。東大野球部の通算打点記録は28点ですが、それがひとつの目標になるかなと思っています。

 浦高の先輩で、東大で4割を打った先輩(立迫浩一/1984年秋季リーグで.409)がいるんですが、打率は打点に付随してついてきたらいいかなという感じで、僕が打って点数が入って東大が勝つのが当たり前になってくれば、チームとしても最下位脱出のイメージが共有できるようになると思っています。

【東大にはとことん追求できる環境がある】

ーー大原さんは公立の進学校出身で今、東大で野球をしています。東大で野球を続ける選択は、どういうものでしょうか?

 僕もそうでしたが、進学校で野球をしていて甲子園に行くのは実際、すごく大変じゃないですか。やっぱり、周りの環境やチームメイトなど、自分ひとりじゃどうにもならない部分はけっこうあると思うんです。

 だから、そういう人たちこそ、東大に来て野球をやったらいいとすごく思います。レベルが高い野球をやりたいと意欲ある人は東大でやるべきだなって、自分が入ってからすごく感じました。

 僕は一度、高校で野球を満足した側の人だったんですけど、実際、東大でやってみて、今が一番楽しくて、やりがいがある野球人生を送れているのかなと。仲間の意識も高いし、いろんな情報で溢れているので、うまくなりたいと思うならとことん追求できる環境があります。

ーー最後に、大原選手にとって文武両道って何だと思いますか?

 文武両道ですか......どっちも同じ時に頑張るだけが文武両道じゃないって僕自身は思っています。野球がやりたい時は、一生懸命に野球だけを頑張って、勉強なんていっさいしなくてもいいと。

 でも勉強をやらなきゃいけない時というか、自分にとって勉強が必要で大切な時になったら、勉強をすごく頑張って、それで最終的に結果も残せれば、それはそれで文武両道と言えるのではないかなと今はすごく思うんです。どっちもやるじゃなくて、片方ずつやっていく文武両道もいいんじゃないかなと。

終わり

前編<六大学ベストナイン選出の東京大・大原海輝が浦和高を選んだ理由「21世紀枠で甲子園を狙えるんじゃないかなって」>を読む

【プロフィール】
大原海輝 おおはら・かいき
2002年、埼玉県生まれ。幼い頃から野球を始め、安松中、浦和高でプレー。1浪を経て東京大理科一類に合格、その後文学部人文学科に転部。東京六大学野球では2024年春季リーグで33打数11安打8打点1本塁打、打率.333の好成績でベストナインに選出された。