日本の学校教育は、2022年9月に国連から難病や障がいのある子どもとそうではない子どもを切り離す“分離教育”を止めるよう勧告を受けている。いわゆるインクルーシブ教育について、国際社会に遅れを取っていると言わざるを得ない。2024年5月、日本…
日本の学校教育は、2022年9月に国連から難病や障がいのある子どもとそうではない子どもを切り離す“分離教育”を止めるよう勧告を受けている。いわゆるインクルーシブ教育について、国際社会に遅れを取っていると言わざるを得ない。
2024年5月、日本財団パラスポーツサポートセンター(パラサポ)が、この課題を解決するため、学校の運動会にインクルーシブな種目を導入しようという「パラサポ!インクルーシブ運動会」を発表し、全国で初めて、長崎県大村市が、市立三城小学校の運動会で6年生のプログラムに取り入れることとなった。種目は車いすリレー。三城小学校に車いすユーザーはいない。何か変化はあるのだろうか。
真剣勝負を車いすリレーでリレーは、チームスポーツなので仲間とのコミュニケーションは欠かせない。声を掛けあいながら練習を重ねるなかで、相手を尊重する気持ちが生まれただろう。運動会を終えた児童は、これまでの日常では気づけなかった車いすユーザーの視点を初めて感じることができたと話す。
「パラサポ!インクルーシブ運動会」は、障がいの有無にかかわらず、新しいことにチャレンジし、違う視点を学ぶ機会となる。この子どもたちが大人になったとき、「小学校の運動会で車いすリレーをしたことがある」と話せる未来は、今よりもインクルーシブ教育が浸透しているに違いない。
運動会は地域の一大イベントでもある全国初の取り組みをした長崎県大村市の園田裕史市長は、次のように話す。
「運動会というのは地域の一大イベントですし、子どもたちが一番輝くとき。親御さんも、おじいさん、おばあさんも、地域の方も一番注目するとき。運動が得意な子、応援が得意な子、それぞれの個性が活かされるとき。だからこそ、運動会に、このインクルーシブを理解する種目を入れることが、インクルーシブ教育の普及につながると思う。全国の運動会で広がっていくことが大事」
園田市長は、「車いすリレーは子どもたちが楽しみながら自然と学べる種目」だと感じたという。
「身近に当事者がいなかったり、コミュニケーションをとる機会が圧倒的に少なかったりすると、インクルーシブ教育の浸透はなかなか難しいので、日ごろから当事者や車いすに接して、感じて、車いすには自分も乗ってみるという体験をいかに広げていくか、ということが大事なのです」
三城小学校の田中康隆校長も「運動会に限らず、もっと広げていけば、人と人とが一緒に生活をしていくということは、お互いを理解しあって、そして、お互いの良さを生かし、足りないところを補っていくということが大切だと思います。今日はそのきっかけだと考えています」とコメントしていた。
国際連合広報センターの7月2日付プレスリリース(6月28日付プレスリリース・日本語訳)によると、持続可能な開発目標(SDGs)の達成は、未だ不透明なままだというが、この運動会は、グローバルな課題に取り組む最良の手段と言われているSDGs目標11の「住み続けられるまちづくりを」にもつながりそうだ。
取り入れてみたいが、費用はどうする? 誰が教える?パラサポが提案する“インクルーシブな種目”は、今回大村市が導入した車いすリレーに続き、今秋、インクルーシブ『ソーラン節』をお披露目して、2種目になる。
だが、スポーツ用車いすを手配する費用はどうすればいいのか、誰がどうやって教えるのか――。
このプロジェクトを率いるDE&I(ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン)プログラム推進部の山本恵理ディレクターによると、現在、校庭でも走れるスポーツ用車いすを開発していて、2024年度は10自治体に合計100台の贈呈を計画しており、8月に配備先が決まる。また、レンタルも実施するそうだ。
三城小学校で使用したスポーツ用車いすは屋内での利用を想定して設計されているので屋外では空回りしやすく、三城小学校の運動会では走路となる部分に黒いマットを敷いて実施したが、開発中のスポーツ用車いすはデコボコした地面でも走れるものになるという。
さらに効果的に、体系的に学ぶには――運動会の前後に行うカリキュラムのなかで、『主体的・対話的な深い学び』を実感できる「あすチャレ!ジュニアアカデミー」の対面授業の実施を、ぜひ検討してほしいとのこと。児童生徒が主役となり、パラアスリートを中心とした講師と一緒に何をするか“考え”て“体験”できる授業として、全国11万人以上(2024年3月末時点)が学んでいる。
運動会は“点から面”に広がる機会パラサポの小澤直常務理事に、この運動会のねらいを聞いた。
「先生と児童が運動会の本番までに数回の練習を重ねる中で、障がいの有無にかかわらず、誰もが参加でき、楽しめる運動会をみんなで考えたこと、そのプロセスが、インクルーシブな考え方やその大切さを知るうえで、重要になります」
「保護者も、子どもたちが車いすリレーにチャレンジする場を初めて目にすることになるでしょう。最近まで、当事者ではない人が車いすでスポーツをする、という発想はなかったと思います。この初めての経験が、視野を広げるきっかけになれば」と続けた。
パラサポは、パラアスリートらが講師のDE&I教育・研修プログラム「あすチャレ!」を全国で年間800回以上実施し、2016年のプログラム開始から、のべ50万人以上が参加している。「パラサポ!インクルーシブ運動会」の立ち上げにあたっては、「あすチャレ!」を運営するノウハウや、全国の自治体、教育関係者、学校など現場の声も参考にしている。
誰もが全力で楽しめる運動会で今回の三城小学校には、車いすユーザーがいなかった。しかし、「パラサポ!インクルーシブ運動会」の導入にあたり、当事者が在籍してるかどうかは、さほど重要ではなく、パラサポが提案する新しい種目にチャレンジする場があれば、校内だけでなく、地域も含め、インクルーシブな考え方に気づく機会となり得るのだ。この数が増えていけば、日本の教育現場の変化もスピードを増すのではないか。
text by TEAM P
photo by The Nippon Foundation Parasports Support Center