スターを生み、育てる。それが、甲子園だ。 早稲田実・清宮幸太郎が出場できなかった今大会。新たなスターとなったのが広…
スターを生み、育てる。それが、甲子園だ。
早稲田実・清宮幸太郎が出場できなかった今大会。新たなスターとなったのが広陵・中村奨成(なかむら・しょうせい)だった。準決勝までにPL学園・清原和博がマークした1大会5本塁打の記録を32年ぶりに塗り替える6本塁打を放ったのをはじめ、打点、塁打でも大会記録を更新。決勝を前に、まさに、中村のための大会になった。

決勝戦で3安打を放った広陵・中村奨成だったが、打点を挙げることはできなかった
本塁打というわかりやすい魅力だけに、観客も盛り上がりやすい。中村の6本目のホームランボールを捕った女性の「中村君の本塁打を見たくて来た」というコメントがスポーツ紙に紹介されていたが、大観衆の期待はまさにその一点。決勝は、広陵と花咲徳栄のどちらが勝つかより、中村がどこまで記録を伸ばすのか。そこに興味を抱く人も多かった。
結果を先に紹介すると、決勝の中村の成績は5打数3安打2二塁打。甲子園でひとつもなかった三振を2つ喫したが、3安打を加えて松山商・水口栄二(元オリックスほか)の大会通算19安打の記録に並んだ。二塁打も2本放って大会最多二塁打の記録に並んだ。期待された本塁打こそ出なかったものの、花咲徳栄投手陣対中村の対戦では、中村の勝利といっていい。
だが、ひとつだけ足りないものがあった。
それは、打点だ。同じ1点でも、誰が打って入ったかどうか。そこに大きな意味がある。広陵の一塁コーチャーを務める永井克樹は言う。
「他の人が打つのとは違いますね。あの人が打ってくれたら、それまで点が入っていなくても、ひと振りで一気にビッグイニングになる雰囲気を作り出せるんです」
それが本塁打なら最高だが、そうでなくても構わない。2対4とリードされた聖光学院戦の6回表にセンター前に同点打を放って空気が変わったように、中村が打つと、チームも、スタンドも盛り上がるからだ。まして、今大会は、どんなに点差が離れていても、1点入るだけで観客が異様に盛り上がる傾向があった。
では、決勝で中村に打点を挙げるチャンスはなかったのか。
そんなことはない。初回からあった。2点を先制されて迎えた1回裏。一死から2番の吉岡広貴がヒットで出塁。ここで、中村がレフト線に二塁打を放った。花咲徳栄のレフト・西川愛也は右大胸筋断裂の影響でボールを強く投げられない。この試合の5回に吉岡が左中間に二塁打を放ったときは、ボールを捕った西川が自ら返球せず、センターの太刀岡蓮にトスして送球を託したほどだ。西川のところに打球が飛べば、多少無理と思われるタイミングでもセーフになる。中村の打球がレフト線に飛んだ時点で、1点は確実と思われた。
ところが、一塁走者の吉岡は三塁でストップしてしまう。
「ずっと回していました。でも、声が通らなかったのか、吉岡に伝わってなかった。止まった後、吉岡に『今のいけた?』と聞かれたんですけど、『余裕でいけた』と言ったぐらい。今までも同じように指示してきて、声が通らなかったのはこれが初めてです」
そう言って悔しそうな表情を見せたのが、三塁コーチャーの猪多善貴。もちろん、吉岡も同じだった。
「いけると思ったんですけど。ボールが見えたとき、ボールが近くにある感じがしたんです。西川の肩のことは知っていて、狙ってたんですけど、慎重にいきすぎました。(三塁コーチャーの)声は聞こえていたんですけど、判断ミスでした。悔いが残ります」
中村の二塁打で一死二、三塁と好機は広がったが、4番、5番が倒れて無得点。まだ初回だったが、広陵にとってはチームの雰囲気を大きく変えるチャンスを逸した。永井は言う。
「相手に先制されただけじゃなくて、点の入れられ方が明らかにいつもとは違った。いつもなら止まるのに止まらない(1番からの3連打で2失点)。あれを見て、『今日は違うな』と思いました。試合前の雰囲気はいつも通りだったんですけど、試合に入ってから変わっていった。誰も口に出さなかったですけど、みんなそう思ったと思います。それが、だんだん焦りに変わっていった」
いつもとは違うことを表す象徴が、初回の走塁だった。吉岡に「決勝だから?」と尋ねると、隠すことなく、こう言った。
「はい。攻めきれませんでした」
だが、勝利の女神はまだ広陵を見捨てない。5回裏にもう一度チャンスがやってきた。5回表に6失点して得点は2対10と大きく離れていたが、今大会はどれだけ点差があっても、ビッグイニングで一気に追い上げる試合がいくつもあった。ここでスターの一打が出れば、球場が再びその雰囲気になる可能性は大いにある。
無死一塁から吉岡の二塁打で1点返し、無死二塁で中村が打席に入った。ここで花咲徳栄・岩井隆監督は先発の綱脇慧に代え、最速150キロのリリーフエース・清水達也をマウンドに送って流れを止めにかかる。
だが、中村は清水の144キロ速球をとらえた。打球は三遊間へのゴロ。西川の肩の状態、吉岡の初回の反省から、抜ければ確実に1点だったが、この打球をサードの高井悠太郎が横っ飛びで止めた。内野安打にはなったが、外野に抜けさせなかったことで得点は許さない。またしても、中村に打点をつけさせなかった。
「抜かれたら1点。後半を考えると少しでも失点は少ない方がいい。アウトにしたかったけど、抜けなかっただけでよかった」(高井)
記録はサード内野安打だが、それだけでは表せないビッグプレー。実は、これは守備位置のファインプレーでもあった。花咲徳栄の村上直心部長は言う。
「中村君については『逃げずに攻めていけ。打たれてもしょうがない』と言っていました。ただ、彼は引っ張って強い打球が来る。試合中も、監督から三遊間の2人には何回も『深く守れ』という指示が出ていました」
いつもより、深めの守備位置にしたことでダイビングが届いた。グラブに当たったのだ。ここも好機は広がったが、後続はダブルプレーと三振に倒れ、中村の一打からビッグイニングという流れにはならなかった。この直後、徳栄が6回表に4点を追加した時点で、実質的に勝負は決した。
ホームランバッターの中村の役割は”還す人”だ。さらに、チームの誰もが信頼するナンバーワン打者。だからこそ、中村の一打で挙げる得点は数字以上の意味を持ち、味方に勇気と勢いを与える。だが、この試合は”還す人”ではなく、チャンスメークの”出る人”にしかなれなかった。つまり、花咲徳栄は中村に仕事をさせなかったのだ。
決勝前日、岩井監督はこんなことを言っていた。
「(甲子園出場の間隔を)空けちゃいけないと思っているので、3年連続で出られたのは大きい。甲子園を知るには年数がかかりますから。知るというなかには魔物が何かということもある。風、銀傘、客、歓声、土、芝、ボールが飛ぶ……」
この日の最大の魔物になり得たのは、観客の歓声だった。事実、スタメン発表のときも、打席に入るときも、中村の名前がコールされるたびにスタンドからは大きな拍手が起き、声援が飛んだ。もし、中村の一打が1本でもタイムリーになっていたら……。何が起きてもおかしくない雰囲気と状況だった。
「一番自信のある真っすぐを簡単に打たれて、こんなにすごいバッターはいないと思いました」
花咲徳栄のエース・清水は中村のことを問われてこう言った。だが、いくら打たれても、本当の仕事さえさせなければいいのだ。スターは主役でなければいけない。脇役の働きならば、いくらでもさせて構わない。
5打数3安打2二塁打。
それでも、中村を”0打点”に抑えた花咲徳栄の完勝だった。