平野早矢香インタビュー 前編 卓球女子日本が53年ぶりの世界制覇まであと一歩に迫った、2月の世界選手権団体釜山大会。東京五輪でリザーブだった経験をバネに不動のエースに成長した早田ひな、初の五輪シングルス代表の座を射止めた平野美宇、わずか15…
平野早矢香インタビュー 前編
卓球女子日本が53年ぶりの世界制覇まであと一歩に迫った、2月の世界選手権団体釜山大会。東京五輪でリザーブだった経験をバネに不動のエースに成長した早田ひな、初の五輪シングルス代表の座を射止めた平野美宇、わずか15歳にして世界選手権代表、そしてパリ五輪団体代表メンバーに初選出された張本美和が、世界女王・中国の背中にぐっと近づいた。
日本はパリ五輪で金メダルに届くのか? 「中国との距離は確実に縮まっている」と話す、ロンドン五輪団体銀メダリストの元卓球選手・平野早矢香さんに悲願達成のカギを聞いた。
パリ五輪出場を決めて会見を行なった張本美和(写真左)と平野美宇
photo by 東京スポーツ/アフロ
【最も印象に残った平野美宇のプレー】
――世界選手権の女子団体の決勝は中国を最終マッチまで追い詰め、「ついに歴史が変わるか!?」と期待が高まる一戦でした。
「そうでしたね。でも、私にとってはそれほど意外ではありませんでした。去年の9、10月に行なわれたアジア競技大会を会場で見て、日本と中国の距離がちょっと変わってきていると感じていたからです。あの時は早田ひな選手が、個人戦の女子シングルス準決勝で王芸迪選手にフルゲームで勝ち、ダブルス準々決勝でも張本美和/木原美悠ペアが元世界チャンピオンペアの孫穎莎/王曼昱にゲームカウント3-1で勝ちました。
0-3で負けた団体戦は、早田選手が中国の絶対エース・孫穎莎選手に1―3、平野美宇選手が東京五輪金メダルの陳夢選手とフルゲーム、張本選手は王曼昱選手に1-3でそれぞれ敗れましたが、すべての試合が接戦で、逆の結果になる可能性もあったと感じさせる内容でした。それまでの負けとはちょっと意味が違うと感じて、『世界選手権は絶対に面白い試合ができる』という期待感があったんです」
――世界選手権の決勝では、早田選手が決勝の2番で陳夢選手にフルゲームで勝ち、3番の平野美宇選手は王芸迪選手にストレートで勝つという活躍ぶりでしたね。
「世界選手権やオリンピックでの中国は、いつも以上にコンディション調整や相手に対する対策が万全で、一段ギアを上げてきます。そのなかで日本が2勝を挙げたのは本当にすごいこと。
特に印象的だったのは平野選手です。マッチカウント1-1で回ってくる3番は、勝って相手にプレッシャーをかけるか、負けて自分たちがかけられるか、という難しい立場。しかも相手は格上だったわけですから、自分の力を出し切って勝った平野選手はすごいと思います。冷静に試合を見ている部分と、勇気を持って強気で攻める部分のバランスがすばらしかったです」
――平野選手が技術面でよくなった点はどこだと思いますか?
「一番は『打球の緩急』ですね。以前はスピードを全面に出した卓球で『ハリケーン』とも呼ばれていましたけど、つなぐボールと攻めるボールの見極めや、回転量のコントロールなどがよくなっていると思います。
たとえば、スピードはゆっくりだけどボールの回転量が多かったり軌道が低かったり、コートの深いところを狙うといったように、スピード、コース、回転量だけではなく、それらの組み合わせで1球1球の質が高くなりました。相手は平野選手の速いボールを待っていることが多いでしょうから、そこにゆっくりなボールを送ると、相手はなかなか強く打ち返せません。その落差が、相手からするとやりにくかったと思います」
――サーブからの展開でも主導権を握っていましたね。
「サーブも、これまでと少し違いましたね。平野選手はもともと『巻き込みサーブ』が主体で、そこにちょっと縦回転や順回転を入れる感じでしたが、今回の世界選手権では相手や状況に応じて、順回転のサーブを多めに使っていました。巻き込みサーブは軌道が低く、長いサーブは相手の手元でぐっと伸びていましたね。世界選手権の会場での直前練習を見せてもらった時も、しっかり意識してサーブ練習をしているように見えましたが、本番でも使い方がすごくよかった。これは本人がインタビューでコメントしていたことですが、男子選手の卓球をすごく参考にしているようです」
――どんなところを取り入れているのでしょうか?
「パワーやスピードではなく、攻めの速さ。自分がサーブを打つ時の3球目、レシーブの時の4球目での攻撃です。男子選手の場合、パワーのある選手に一発で打たれると、いくら強い選手でも全部はブロックできません。なので、よりサーブ3球目やレシーブ4球目の質を意識しています。ただ、今の女子選手も、ラリー戦になってからではなく早い段階での仕掛けがすごく重要になっているので、平野選手はその部分で男子選手の卓球を参考にしているのだと思います」
――平野選手は最近、言動も変わってきたように感じます。
「今年1月の全日本選手権でもそうでしたね。平野選手のシングルス初戦の前日に行なわれた記者会見で平野選手がコメントした、『自分の人生は自分でコントロールする』『ネットを挟んだ格闘技のつもりで戦う』といった言葉がすごく心に残っています。私が知る限りですが、彼女の性格やそれまでの言動からすると、すごく強いワードでした。
全日本選手権は、同級生の伊藤美誠選手とのパリ五輪のシングルス代表争いが決着する大会で、平野選手も本当にギリギリまで自分を追い込み、切羽詰まっていたと思います。そういった極限状態で絞り出すように出てきた言葉のように感じました。いつもの平野選手とのギャップに驚いたと同時に、『覚悟を決めてきたんだな』と思いましたね。東京五輪のシングルスに出られなかった悔しさ、パリ五輪代表の選考レースで少し出遅れたことなどもすべてプラスに変え、待望のシングルス代表権を勝ち取った。本当にたくましくなりました」
【驚異の15歳・張本美和の成長と伸び代】
――世界選手権初出場とは思えない、張本選手の落ち着いたプレーも目を見張るものがありました。彼女の強さの秘密はどこにあると見ていますか?
「彼女が小学生の頃から、『絶対にトップに行く』ということは私を含めて誰もが思っていたでしょうが、想像を超えるスピードで成長しています。中学生にしては卓球がしっかりしていて、勢いやスピードで押し切るのではなく、基礎レベルが高くて崩れにくい"穴のない卓球"をします。
あの年齢で、あんな落ち着いたプレーができるなんて、どういう練習をしているのか......。メンタルが安定しているのは、性格も影響しているでしょう。勝負所もよくわかっていて、サーブをYGサーブに変えたり、レシーブやラリーのコースを変えたりと戦術の転換が的確です」
――平野さんも世界卓球の解説で指摘していたバックハンドのストレート、あれは強烈ですね。
「バックストレートはクロスに比べて距離が短いので安定して台に入れるのが難しいんですが、お兄さんの張本智和選手と同じで、ストレートに打つ時もクロスに打つ時も、体の向きやバックスイングにあまり違いがありません。だから、相手の対応が遅れるんです。コントロールがよくてボールを台にちゃんと入れることができ、得意技のチキータも威力があって迷いがありません。自分から打つこともできるし、相手に打たせてカウンターを合わせることもできます」
――女子日本代表チームの渡辺武弘監督も、「まだ中学生なのに、どうしてあんな戦術を持っているのか」と舌を巻いていました。
「本当に多彩ですよね。あと、これは前から思っていたことですが、ツッツキがうまい。すごくキレているので相手は強く打ち返すことができず、ちょっと持ち上げたら、それを上からカウンターされてしまいます。バックのカウンターもうまいんですよ。最近はフォアハンドもすごくよくなっていますが、やはり張本選手の特長はバックハンドです」
――パリ五輪までにさらに成長しそうですね。
「今の気持ち、卓球への取り組み方を持続できれば、実力はもうワンランク上がるんじゃないかと思います。すごく冷静にさまざまなことを受け止めていて、試合後のコメントも『自分のことをよくわかっているな』といつも感心します。世界選手権の決勝では1番で孫穎莎選手にストレート負け、5番の陳夢選手にも1−3で負けてすごく悔しかったと思いますけど、今後のために絶対に必要な経験でしたし、それを間違いなくプラスに変えてくれるはずです」
(中編:早田ひなはパリで金メダルを獲るために「自分の卓球を変えた」 中国のエース攻略法も考察>>)
■平野早矢香(ひらの・さやか)
1985年3月24日生まれ。栃木県出身。全日本選手権のシングルスを2007年度から3連覇するなど、通算5度の優勝を達成。2008年北京五輪、2012年ロンドン五輪に出場し、ロンドン五輪の団体戦で日本卓球史上初の銀メダル獲得に貢献した。2016年4月に現役を引退後は、後輩の指導をはじめ、講習会や解説など卓球の普及活動にも取り組んでいる。