大規模契約締結でスポーツ界全体でも名を轟かせた大谷翔平 photo by USA TODAY Sports/Reuters/AFLO大谷翔平の新たな旅〜前編〜大谷翔平は2月9日からロサンゼルス・ドジャースのキャンプに参加し、新天地でスタート…


大規模契約締結でスポーツ界全体でも名を轟かせた大谷翔平

 photo by USA TODAY Sports/Reuters/AFLO

大谷翔平の新たな旅〜前編〜

大谷翔平は2月9日からロサンゼルス・ドジャースのキャンプに参加し、新天地でスタートを切った。史上最大規模の高額契約を結んだアスリートとして、これからどのような道を歩んでいくのか。周囲からの期待は高まる一方、その時代時代で衝撃を与えた過去の最高額契約アスリートたちの例を思い返しながら、大谷翔平の責務、そして今後の歩みについて考えてみる。

【「契約の大きさが選手を有名にする」】

 大谷翔平が10年総額7億ドル(約1050億円)と北米チームスポーツ史上最大の契約を結んで約2カ月が経った。2024年は野球ファンのみならず、全米の人たちが「7億ドルの男」の一挙手一投足に関心を払う。大谷にとっては新たなチャレンジの始まりである。

 思い出すのは23年前の2001年、当時から辣腕代理人として知られていたスコット・ボラスの主張だ。そのシーズン前のオフ、ボラスはフリーエージェント(FA)遊撃手、「A・ロッド」ことアレックス・ロドリゲスとテキサス・レンジャーズの10年総額2億5200万ドル(約378億円、2024年現在の1ドル=150円で換算、以下同)の契約をまとめた。プロバスケットボールNBAのケビン・ガーネットがミネソタ・ティンバーウルブズと結んでいた6年総額1億2600万ドル(約189億円)契約を大幅に塗り替え、その時点での史上最高額規模だった。米国の経済誌『フォーブス』によると、この総額は当時のMLBの半分以上の球団の資産価値よりも上だった(シカゴ・カブスが2億4200万ドル=約363億円、モントリオール・エクスポズが8900万ドル=約133億5000万円)。

 この契約について、当時のMLBコミッショナー事務局のサンディ・アルダーソンは「球団間の格差が広がり危機的状況」と苦言を呈していた。しかし、ボラスは球界の発展につながると筆者にこう説明した。

「アメリカには4大プロスポーツがあって、MLBは他のリーグと才能(あるアスリート)の奪い合いになっている。子どもたちにグラブやバットを持たせるには話題性のあるスターが出てくることが肝心。そして契約の大きさが選手を有名にする。今回のアレックスが良い例だ。彼はすばらしい選手だが、アメリカでみんなが知っているというほどではなかった。それが2億5200万ドルの契約で一躍超有名人になった。米国で最も視聴率の高いニュース番組も交渉過程について知りたいと取材にやって来た。

 一般の人は何によってスターを認知するのか? それは、結局はお金なんだ。もちろん批判的な声が出ることもあるが、そういうネガティブな反応ですら、野球という競技への関心につながり、長い目で見てプラスになるんだ」

【重圧に道を誤ったA・ロッド】

 確かにこの契約でMLBのトップスター「大谷翔平」の知名度はさらに上がった。近年のMLBの最も大きな課題のひとつは、国中にあまねくファンを持つ看板スターが不在であることだった。

 スポーツビジネスのウェブサイト『スポルティコ』によると、広告、スポンサー料など副収入で、2023年にトップだったアスリートはNBAのレブロン・ジェームスで稼いだ額は8000万ドル(約120億円)。これに続くのはゴルフのタイガー・ウッズ、サッカーのリオネル・メッシで6500万ドル(約97億5000万円)。その後はサッカーのクリスティアーノ・ロナウドの6000万ドル(約90億円)、NBAのステフィン・カリーの5000万ドル(約75億円)、ヤニス・アデトクンボの4500万ドル(約67億5000万円)、ケビン・デュラントの4200万ドル(約63億円)、そしてゴルフのローリー・マキロイと大谷で4000万ドル(約60億円)だった。

 このあともプロフットボールNFLやNBAの選手が続き、次に野球の選手が出てくるのはかなり後で、ブライス・ハーパー(フィラデルフィア・フィリーズ)が700万ドル(約10億500万円)、マイク・トラウト(ロサンゼルス・エンゼルス)が500万ドル(約7億5000万円)、アーロン・ジャッジ(ニューヨーク・ヤンキース)が400万ドル(約6億円)である。ケタがひとつ違う。大谷の4000万ドルも日本市場からのものが少なくなかっただろう。

 だがいま、大谷は史上最大の契約を勝ち取り、優勝候補筆頭のドジャースの牽引車となった。人気の高騰ぶりは2月3日、本拠地・ドジャースタジアムで行なわれたファンイベント「ドジャーファンフェスタ2024」で明らかだった。入場券3万5000枚は完売。大谷は外野のセンター付近に設けられたステージに大トリで登場、「(エンゼルス時代の)赤とは真逆(の青のチームカラー)。ようやく来たなと実感している」と挨拶、晴れやかな笑顔に大歓声が湧き起こった。人気はまさにハリウッドスター級だ。

 どんな話題でも大谷が口を開くたびに会場が盛り上がった。背番号「17」を譲渡してくれたチームメートの奥さんに「お礼」としてポルシェを贈呈したこと、愛犬・デコピンのこと、好きな食べ物、ビデオゲーム。そして「ワールドシリーズ優勝。そこだけを目指している。(ファンと)シーズンを一緒に戦っていけたら最高」と締めくくった。

 とはいえ、史上最大の契約がその後の成功を保証してくれるとは限らない。歴史が示すように、時に悲しい結末を迎えることもある。

 レンジャーズに入ったロドリゲスは期待どおりに打ちまくり、MVP投票で移籍1年目から6位、2位、1位になる活躍を見せた。だが、チームは投手陣が弱点で3年連続地区最下位。レンジャーズはロドリゲスの高額年俸が足かせになり、投手を補強できなかった。結局、ロドリゲスは2004年にヤンキースにトレードされてしまう。その上、ロドリゲスは2009年、スポーツ専門放送局『ESPN』のインタビューでレンジャーズ時代の3年間、ステロイド剤を使用していたことを認め、謝罪した。史上最高額の契約に見合うことを証明しなくてはならないという重圧を感じていたという。

 ロドリゲスは野球人気を押し上げる看板スターになるどころか、当時MLBを震撼させた薬物スキャンダルの渦中の人物となり、次々に新たな疑惑が浮上し、ヒール(悪役)と化した。2014年シーズンは全試合出場停止処分を受けている。

【大谷が活躍できるドジャースの受け皿】

 2月9日、ドジャースのキャンプ初日。大谷は「今までより年俸も上がって責任も重くなったと思うが、そのことについては?」と訊かれると、「責任はより重くなるとは思いますけど、やること自体は変わらない。これまでも金額云々関係なくベストを尽くしてきたので、そういうのは変わらず継続したいなと思っています」と答えている。

 2001年のレンジャーズと大きく異なるのは、ドジャースは勝つために完ぺきに近い体勢を整えていることだ。アンドリュー・フリードマン編成本部長は、自信を示している。

「もともと才能ある選手が集まっていたが、さらに才能ある選手たちを加えることができた。選手層は厚くなったし、ファームシステムも強力だ。今後については良い感触を持っている」

 昨季は先発投手陣が手薄だったが、山本由伸、タイラー・グラスノーらを補強、剛腕ウォーカー・ビューラーも肘の手術から復帰してくる。大ベテランのクレイトン・カーショーとも再契約した。ファームシステムもスポーツ専門ウェブサイト『ジ・アスレチック』によると30球団中3位の高評価。若手有望株がたくさんいれば、シーズン中にトレードで弱点を補う時にとても有利だ。

 戦力的な備えは十分。では、あとは何が必要なのか? ドジャースのデーブ・ロバーツ監督は「チームをひとつにしたい。言葉の壁や文化の壁もあるが、選手同士が互いによく知り合って調和を保てること。私も彼らについて学んでいく。これからの8カ月、家族よりも長い時間を一緒に過ごすからね」と話している。