蹴球放浪家・後藤健生は、世界中でサッカーの取材を続けている。試合のみならず、時にはクラブを訪れることもある。対応は国や…

 蹴球放浪家・後藤健生は、世界中でサッカーの取材を続けている。試合のみならず、時にはクラブを訪れることもある。対応は国や地域によっても違うし、同国内でもまったく異なる場合もある。例えば、ポルトガルの名門2クラブが対照的だったように…。

■2003年のポルトガルにて

 僕は、これまでに世界各国の多くのクラブを取材したことがありますが、基本的にはどこもとてもオープンで、こちらの希望に沿って取材をアレンジしてくれることが多かったように記憶しています。

 時には、「希望以上」の対応をしてくれることもあります。

 2003年にポルトガル取材に行った時の話です。

 スポルティングの新しいトレーニング施設がオープンしたばかりだというので、リスボンからテージョ川を渡った対岸のアルコシェテにある施設の取材に行きました。

 施設の運営責任者やユース担当の指導者たちの話を聞き、その後、若い選手の話も聞きたいと思って、広報担当の女性に「10代の選手の話も聞きたい」と言ったところ、彼女はすぐに若い選手を2人連れてきれくれました。

 僕としては、ユースチームに所属する無名の選手をイメージしていたのですが、彼女が連れてきてくれたのは、なんとクリスティアーノ・ロナウドとリカルド・クアレスマでした。

 ロナウドは当時18歳、クアレスマは19歳。たしかに、「10代の選手」でした。

 しかし、2人とももちろんトップチームのエースとして活躍し、すでに代表にも招集されているスター選手でした(その後の活躍は、今さら言うまでもありません)。

 急遽、質問内容も変えてトップチームや代表での経験などについても聞きましたが、もちろん、本来の目的であるスポルティングのユースでの体験も聞きました。

 新しい施設ができる前はトップチームとは別の施設を使っていて、環境が良くなく、通うのも大変だったといった話も聞けましたし、ロナウドはマデイラ諸島の出身で島の訛りがあったので、リスボンに来た時にはだいぶからかわれたといった話を聞けました。

FIFAでも続く交流

 そして、ジョゼ・アルバラーデ・スタジアム内のクラブ・オフィスで世話になったのが、広報部長のバチスタでした。

 バチスタは、その後、FIFAの広報を担当するようになり、ワールドカップのメディアセンターなどでもしょっちゅう出会うことになりました。

 FIFAの広報に知り合いがいると、とても助かります。

 記者席のチケットをもらっても、デスク付きではない席だったり、試合が見にくい場所だったりすることがよくあります。そんな時に、バチスタがいてくれると、「なんとかなんない?」とお願いします。すると、ポケットからFIFAのテクニカル・スタディー・グループ用の席のチケットを出してくれたりすることもありました。

■英国の東北弁

 イングランドのサンダーランドに行った時も、広報担当者はとても協力的で、選手からコーチ、選手の教育担当者(元、地元の高校の校長先生)などを次々に連れてきてインタビューをさせてくれました。

 ただし、これがなかなか厄介でした。

 まず、この時は使用言語が英語だったので通訳なしで臨んだのですが、選手はイングランド各地からやって来ているので、それこそ訛りが強くて聞き取りが難しい選手が多くて大変でした。

 そもそも、イングランド北部のサンダーランド自体、訛り(東北弁?)がきつい土地です。

 日本を出発する前に日本在住の英国人記者たちに「これから、サンダーランドに行く」と言ったら、「寒いぞぉ~、英語が通じないぞぉ~」と脅かされたのを思い出しました。

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