日本のサッカースタジアムは、世界でも最高級に治安が良いと言っていい。海外では暴れん坊も多く、厳しい監視の目が注がれてい…
日本のサッカースタジアムは、世界でも最高級に治安が良いと言っていい。海外では暴れん坊も多く、厳しい監視の目が注がれている。だが、時には思わぬ人物が、その警備網を突破することがある。これは、サッカージャーナリスト・後藤健生の実験レポートである。
■ラテン系は余裕?
メディア・センターの中を子どもの手を引いて歩いていると、日本人記者からは奇異の目を向けられました。当時の僕は、韓国や東南アジアなどの記者で面識のある人が多かったのですが、アジア人の記者もみんなビックリしていました。
しかし、現地のイタリア人記者たちは子どもがいても当然のような顔をしています。
イタリア大会の頃は、一般のスタンドも、記者席も満員になることは少なく、カードによってはガラガラという試合も多くありました。
格安航空券が一般化して、大金持ちや熱心なファンやフーリガン以外の一般人も気軽にワールドカップ観戦にやって来るようになり、ほとんどすべての試合が満員になるのは、1998年のフランス大会以降のことです。
ですから、この時は子どもは記者席の空いている席に座らせて、ゆっくりと観戦することができました。
ちなみに、試合はイングランドがデビッド・プラットのゴールで先制しましたが、カメルーンが逆転。カメルーンは終盤までリードを保っていましたが、83分にガリー・リネカーのPKで同点とされ、延長でも再びリネカーにPKを決められ、カメルーンはベスト8で姿を消しました。当時のアフリカ勢はPKやFKで自滅することが多かったのです。
いずれにしても、こうして「子どもに甘いラテン系の国では子どもはノーチェックで入れる」ということが立証されたわけです。
■世界の警察への挑戦
そうなると、次なる疑問が湧いてきます。
ラテンの国以外ではどうなうのだろうか?
それを試す機会は、再び4年後にやって来ました。アメリカ・ワールドカップです。
僕が、11歳になった子どもを連れて行ったのは、パサデナのローズボウルで行われた決勝戦でした。
ブラジル対イタリアの黄金カードです。ただ、ブラジルが順当に勝ち上がってきたのに対して、イタリアはグループEの初戦でアイルランドに敗れ、しかも、守備の重鎮フランコ・バレージが膝を負傷してしまいます。しかし、なんとかグループ3位で勝ち上がったイタリアはしぶとく戦って決勝に進出。この間、バレージも内視鏡手術を行った後、必死のリハビリを終え、なんと決勝戦に間に合ったのです。
さて、子どもはどうなったかって?
案の定、ラテンの国のように簡単には行きませんでした。入口でセキュリティーに「子どもはダメだ」と至極まっとうなことを言われたのです。
しかし、そこで引きさがっては元も子もありません。
「でも、子どもは連れてきてしまったんだ。じゃ、試合が終わるまでお前が責任を持って子どもを預かっていてくれるか?」と僕が難題を吹っ掛けます。
すると、そのセキュリティーも「しゃあないなぁ。じゃあ、入っていいよ」と見て見ぬふりをしてくれたのです。
こうして、子ども連れで記者席に入りましたが、さすがに決勝戦ですから記者席も満員です。それで、僕の席の後ろの段差のようになっているところに子どもを座らせたのです。
■やはりラテン系は…
僕の席の左側にはイタリア人記者、そして右側にはブラジル人記者が座っていました。
試合が始まりました。すると、僕の両側の記者が僕の子どものことを気にし始めました。子どもを連れてきたのを咎められたという意味ではありません。彼らは、子どもが退屈しないようにいろいろと話しかけるのです。
ブラジル人記者が「ほら、見ろ、あれがロマーリオだ。すげぇドリブルだろ?」と語り掛ければ、イタリア人も「ほら、ロベルト・バッジョかっこいいだろ?」といった感じで、本当の親(僕)は子どものことはほったらかしにして試合に集中しているのに、両側の記者たちはずっと子どもに話しかけていました。
こうして僕は「やっぱり、ラテン系は子どもに甘いんだ」ということを実感したわけです。