【PFPトップ争いは三つ巴】 テレンス・クロフォード(アメリカ/WBA・WBC・IBF・WBO世界ウェルター級王者)、井上尚弥(大橋/WBC・WBO世界スーパーバンタム級王者)、それともオレクサンデル・ウシク(ウクライナ/WBAスーパー・I…

【PFPトップ争いは三つ巴】

 テレンス・クロフォード(アメリカ/WBA・WBC・IBF・WBO世界ウェルター級王者)、井上尚弥(大橋/WBC・WBO世界スーパーバンタム級王者)、それともオレクサンデル・ウシク(ウクライナ/WBAスーパー・IBF・WBO世界ヘビー級王者)か――。全階級を通じて最高のボクサーを選定するパウンド・フォー・パウンド(PFP)は大混戦となっている。



フルトン(左)を8回TKOで下し、4階級制覇を果たした井上尚弥

 近年は統一戦が世界的に流行になったことで、優れたレジュメ(戦歴)を持つボクサーが急増した。最も権威があるとされる『リングマガジン』のPFPでも、トップ10のうち5人が2つ以上のタイトルを持つ統一王者。中には、スーパーウェルター級のジャーメル・チャーロ(アメリカ)、ライトフライ級の寺地拳四朗(BMB)、 ライトヘビー級のアルツール・ベテルビエフ(ロシア)のように、複数のタイトルを持っていてもトップ10から弾き出されている選手もいる。

 筆者は2019年以降、『リングマガジン』のランキング選定委員を務めてきた。最近は強豪ボクサーが試合を行なうたびにPFPの順位づけにさまざまな議論が沸き起こり、頭を悩ませることも珍しくない。特に3人のエリートボクサーがリングに立った7月25日~8月26日の約1カ月間は慌ただしかった。

 7月25日、井上尚弥が日本でスティーブン・フルトン(アメリカ)を相手に圧倒的な8回TKO勝ちを飾れば、29日にはラスベガスでテレンス・クロフォードがエロール・スペンス ・ジュニア(アメリカ)に9回TKO勝ち。8月26日にはオレクサンドル・ウシクがダニエル・デュボア(イギリス)に9回TKO勝ちを収め、母国に近いポーランドで行なわれた一戦でファンを喜ばせた。

 この3戦の結果を受け、リングマガジンのPFPトップ3は1位・クロフォード(7月下旬までは3位)、2位・井上(同2位)、3位・ウシク(同1位)という順番で落ち着いた。井上の見事な勝利により、「"モンスター"の1位浮上は当確」と思われたのも束の間、クロフォードが世界的に注目を集めたメガファイトで完勝したことで評価が急上昇。フルトン、スペンスというそれぞれの対戦相手のキャリア、レジュメを比較して「ここではクロフォードが上」という結論になったことに、多くのファンや関係者は納得したのではないか。

【井上とクロフォードの差はごくわずか】

 クルーザー級で4冠統一後にヘビー級に階級を上げ、体格で上回るデュボアをKOで仕留めたウシクの強さも圧巻ではあった。ただ、2020年11月にもKO負けを喫していたデュボアは「最高レベルの対戦者」とは考えられていなかったこと、敵地での試合を続けてきたウシクにしては珍しくAサイド(主役)での勝利だったことなどから、付加価値の大きな勝利ではなかった。

 さらに、その試合の第5ラウンドにはデュボアの微妙なローブローでウシクに休憩が与えられたが、後に「正当なパンチだったのではないか」と抗議されて物議を醸した。それらの要素から、最新のウシクの勝利はクロフォード、井上のそれを上回るものではなかったと判断するのは妥当だったのだろう。

 こうしてクロフォード、井上、ウシクというトップ3が新たに選定されたが、最新試合で尋常ではない強さを誇示したクロフォードと井上の差はごくわずかだ、という意見が根強い。アジアのボクシングに精通する『リングマガジン』の編集長、ダグラス・フィッシャー氏は8月下旬、ポッドキャスト「The Three Knockdown Rule」に出演した際、あらためてこう述べている。

「井上対フルトン戦が終わったあと、私は有頂天だった。井上はスーパーバンタム級への転級初戦で、多くの無敗選手を下してきた無敗の統一王者(=フルトン)をはるかに上回ってしまった。あれこそがパウンド・フォー・パウンド王者のあるべき姿だ。

(クロフォードが勝利した)スペンスがフルトンよりも(PFPの)上位にランクされていたのはわかるが、特定の勝ちパターンを持たないスペンスより、フルトンのほうが優れたオールラウンドボクサーだった。少数意見なのはわかっているが、私には井上の勝利のほうが印象的だった。私の中では今でも"モンスター"こそがPFPのNo.1だ」

 フィッシャー氏が自ら述べている通り、少なくとも現時点で井上をPFPのトップに据えている人は多くはないかもしれない。ただ、『リングマガジン』のランキング選定委員のひとりであるアダム・アブラモビッツ氏が「クロフォードと井上、どちらをトップにしても間違いだとは思わない」と記事内で記していた通り、両雄の実力、戦歴は甲乙つけ難い。

 さらに、同選定委員のディエゴ・モリージャ氏も「今回はクロフォードが1位でいいと思うが、井上がトップに戻り、そこに止まり続けるのはもう時間の問題だ」と記述するなど、日本ボクシング界の最高傑作がPFPトップの"後継者"として認識されているのも事実である。

【井上なら「勝って当然」の弊害】

 昨年6月、井上はノニト・ドネア(フィリピン)とのリマッチで2回KOという圧倒的な勝利を収めた直後、短期間ながら日本人ボクサーとして初めて『リングマガジン』のPFPランキングでトップに立った。近い将来、再び"世界最高のボクサー"として認められるためには何が必要なのか。

 フルトンに勝ってWBC、WBO世界スーパーバンタム級王者となった井上は、年内に予定されている次戦でWBAスーパー、IBF同級王者のマーロン・タパレス(フィリピン)と4冠戦を行なうことが確実視されている。昨年12月、バンタム級の4冠王者になったのに続き、たった1年で2階級目の4団体統一となれば大変な快挙である。

 ただ、2階級での4団体統一は、クロフォードがスーパーライト、ウェルター級で果たしてしまった。こんなところからも、統一戦全盛となった現代トップボクサーたちのレジュメのレベルの高さが見えてくる。

 だとすれば、井上は今戦でも試合内容でもアピールしたいところだ。31歳のタパレスはバンタム級、スーパーバンタム級の2階級を制し、37勝(19KO)3敗という戦績を積み上げてきた実力者だ。4月には、それまで無敗だったムロジョン・アフマダリエフ(ウズベキスタン)を際どい2-1の判定で下し、大番狂わせでスーパーバンタム級の2冠を獲得している。

 もっとも、2019年にはニューヨークで岩佐亮佑(セレス)に11回KO負けを喫した経験もあるフィリピン人は、エリートレベルの王者と見られているわけではない。井上相手に勝機があると考えている関係者はほとんどいないだろう。

 これも井上の力量に対する信頼の表れなのだが、"モンスター"がたとえフルトン戦のように豪快な勝ち方をしたとしても、それほど圧倒的な評価は得られまい。タパレスとの統一戦であっても、今の井上なら「勝って当然」と思われているのも仕方ない。

 そうなってくると、井上がトップに浮上するかどうかは、現1位のクロフォードの今後に委ねられる部分も大きいのかもしれない。

【クロフォードはスペンスとの再戦で苦戦する可能性も?】

 クロフォードとのメガファイトに惨敗したスペンスが再戦条項の行使を決めた、というニュースが9月初旬に流れた。敗者がリマッチ挙行を選択できる条項は両者の第1戦の契約に折り込まれており、クロフォード対スペンス2は順当ならば年末か年明けにも挙行されそうだ。

 両者の初戦はあまりにもワンサイドだっただけに、魅力の乏しいリマッチに思える。減量苦が伝えられたスペンスが希望するスーパーウェルター級での開催となれば新たな興味は生まれるが、それでもクロフォードが敗れることは想像できない。第1戦ではペイ・パー・ビュー(PPV/1本の視聴ごとに課金されるビデオサービス)購買数が60万件を突破し、第2戦もPPV中継されるだろうが、プロモーションは簡単ではないだろう。

 ただ......ワンサイドな展開が予想される再戦で、本当にクロフォードに死角はないのだろうか?フィラデルフィアに本拠を置くトレーナーで、『Boxingscene.com』でコラムを連載するスティーブン・エドワーズ氏はこう述べる。

「スペンスとの初戦でのクロフォードは"パーフェクトファイト"を見せた。あのレベルの完璧な戦いを2度続けるのは簡単ではない。過去には、フューリーもワイルダーとの第2戦での戦いは見事だったが、第3戦では同様ではなかった。信じられないかもしれないが、スペンスはクロフォードとの差を詰められると思う」

 エドワーズ氏が例に挙げたのは、タイソン・フューリー(英国)とデオンテイ・ワイルダー(アメリカ)のヘビー級のライバルシリーズ。その第2戦では、フューリーが2度のダウンを奪って7回KOと圧勝。再戦条項によって第3戦が決まった際には、「挙行の必要はない。もう格付けは済んだ」と酷評された。

 ところがその第3戦では、すべてをかけて臨んだワイルダーが2度のダウンを奪う健闘をみせ、ラスベガスに集まったファンを熱狂させた。最終的には3度倒し返したフューリーが11回KOで勝利したものの、この試合は近年のヘビー級戦では"最高級の名勝負"として記憶されている。

 スペンスにはワイルダーのような一発の破壊力はないこともあって、正直、この例と似たことがクロフォード対スペンスの第2戦で起こるとは考えがたい。とはいえ、初戦でのクロフォードの仕上がりと集中力は確かに過去に見ないレベルだった。普段はスロースターターで知られるクロフォードが序盤から主導権を握り、まったく隙がなかった。再戦に同じようなモチベーションで臨み、同じだけのパーフェクトファイトを展開できる保証がないのは事実だろう。

 井上尚弥がPFPのトップに浮上するかどうかは、まずは今年末、井上がタパレスを順当に"料理"するのが絶対条件。その上で、来年1、2月あたりの挙行が予想されるスペンスとのリマッチで、クロフォードが初戦以上にてこずるようなことがあったら......現在のPFPトップ争いは本当にハイレベルなだけに、あらためて選考委員の間で激論が繰り広げられることになるかもしれない。

 ここまで述べたことは仮定の話であり、もちろん想定したシナリオ通りに進んでいくとは限らない。例えば、3位のウシクが来年の早い時期にフューリーとのヘビー級4団体統一戦を実現させ、クルーザー級に続く4冠制覇を成し遂げれば、また話は変わってくるはずだ。

 繰り返すが、現在のPFPはとてつもないハイレベルで展開されている。しばらく時間が経った頃、群雄割拠の激戦は"歴史的なバトル"として振り返られるかもしれない。そのメインキャストのひとりが日本人選手であることを誇りに感じつつ、同世代のトップボクサーたちの戦いを今後も楽しみに見守っていきたい。