ワールドカップ・カタール大会で次々と強豪国を破り、日本中を熱狂させたサッカー日本代表。実は、中心メンバーとして活躍した…
ワールドカップ・カタール大会で次々と強豪国を破り、日本中を熱狂させたサッカー日本代表。実は、中心メンバーとして活躍した三笘薫、田中碧、板倉滉、権田修一はともに、神奈川県川崎市に根差す町クラブ『さぎぬまSC』の出身だという。
そんな日本代表輩出の秘密を探るべく、さぎぬまSC代表・澤田秀治氏にインタビューを敢行。4人の幼少期のエピソードとともに、その知られざる裏側に迫る!
■入部希望者が急増
――クラブの代表になった経緯から教えてください。
『さぎぬまSC』では、入部した子たちの親が、その世代のチーム監督を務めるという決まりになっています。固定の指導者はいなくて、クラブOBの大学生など1~2名がコーチとして助けてくれる、そういった形で運営しているんです。僕は、息子が18期に入部した際、その世代の監督に就任して、その流れで、かれこれ20年クラブ代表を務めさせていただいています。
――三笘薫選手をはじめ、田中碧選手、板倉洸選手、権田修一選手という日本代表選手4名が在籍していたということもあり、入部希望者も増えたのでは?
幸いなことに、現在はたくさんの子が応募してくれます(笑)。多い時は、40~50名ほどの応募があり、中盤なら三笘選手や田中選手、DFなら板倉選手、GKなら権田選手に憧れている子ばかりです。
でも実は、今から10年ほど前は入部希望者が全然集まりませんでした。その時に、月1回の無料のキッズスクールを開催することにしました。それから徐々に人が集まるようになって、今ではなんとかクラブの人数を維持できています。ただ、サッカーグラウンドの使用環境もあり、人が集まっても練習ができないこともあるので、現在は25名を上限に募集をかけています。
■去る者は追わない方針の理由
――入部に際して、セレクションはありますか?
ありません。我々はプロサッカー選手を目指すクラブではなく、あくまでボランティアで運営している町のクラブなので、初心者の子でも一から学べます。ただし、大会などで勝ち上がった時は「均一に出場機会を与えることはできません」と、入部に際して親御さんへしっかりお伝えしています。
現在の部員は全員が公式戦に出場できていますが、時には勝負に徹する場面も必ず出てきます。そうした際、どうしても出場機会に差が生まれてしまう。その点において、「スポーツの世界は厳しい」ということも親子で学んでほしいと思っています。
――中には、そういった出場機会の違いで、クラブを辞めてしまう子もいるかと思います。
基本的に、去る者は追わない方針です。もちろん、別のクラブへ行きたいという子もいますが、快く送り出しています。時には、一時的に休部扱いにして「お目当てのクラブに体験入部をしてみて、そこが自分と合っているか確かめてみない?」という提案をすることもあります。そうして、実際に移った子もいれば、「やっぱり、さぎぬまに戻りたい」と戻ってきてくれた子もいますね。
――クラブを運営する側としては、上手い選手には移籍してほしくないという思いもあるのではないでしょうか。
中には、そういうクラブもあるかと思いますが、我々のスタンスとしては、どのクラブであろうと、その子自身がサッカーを楽しめて、才能を開花させてくれればオッケーなんです。選手のためになるなら、川崎フロンターレだろうと、マリノスやヴェルディだろうと、どこへでも行って挑戦してほしい。そういう子には「競争が厳しいからって、根負けするなよ」とエールを送っていますね(笑)。
さわだ・ひでじ
1958年5月17日、大阪府生まれ。長男のさぎぬまSC加入により、サッカーに携わるようになる。以降、チームの監督を務めるなどし、2004年には代表に就任。のちに日本代表となる、三笘薫、田中碧、板倉滉、権田修一らを輩出した。現在は、川崎市サッカー協会4種役員や宮前区少年少女サッカー連盟委員長も務める。