2017年春、大学球界にRIKKIO旋風が吹き荒れた。18年ぶりに六大学王者に返り咲くと、勢いそのままに59年ぶりの全国制覇を達成。長嶋茂雄氏(57年度卒)以来となる歴史的な快進撃を見せた。 なぜ、立大野球部は半世紀もの間錆びついた扉をこ…

2017年春、大学球界にRIKKIO旋風が吹き荒れた。18年ぶりに六大学王者に返り咲くと、勢いそのままに59年ぶりの全国制覇を達成。長嶋茂雄氏(57年度卒)以来となる歴史的な快進撃を見せた。

なぜ、立大野球部は半世紀もの間錆びついた扉をこじ開けられたのか--。神宮球場、歓喜の輪の中心に立つは主将・熊谷敬宥(コ4=仙台育英)。その秘密は、彼の類いまれなるリーダーシップにあった。

大学界屈指の遊撃手

主将の証、背番号「10」を背負う熊谷は、芸術的な守備と勝負強い打撃を併せ持つ、大学球界屈指の遊撃手だ。50m5.9秒の快足と、遠投115mの強肩を生かした守備範囲はまさに圧巻。ド派手なビッグプレーで観衆を魅了する。3年春から遊撃のレギュラーを掴み、2度にわたる優勝争いを経験。主将となった今季は名実ともに中心選手としてチームを引っ張ってみせた。

「みんなで勝つ。野球を楽しんだチームが強い」

栄光のVロード。振り返ればすべてが劇的な試合だった。開幕戦で見せた山根(営4=浦和学院)の起死回生の同点本塁打から始まり、対慶大1回戦でルーキー中川(コ1=桐光学園)が最終回満塁の大ピンチを三者連続三振で切り抜けた場面。そして対明大3回戦の主砲笠松(コ4=大阪桐蔭)渾身のサヨナラ逆転V打・・・。

逆転勝利は今季19試合中8試合(全日本選手権含む)。立大は神懸かり的な勝負強さで、何度も修羅場をくぐり抜けていった。毎試合現れる新たなヒーローたち。彼らの存在が、スローガン「戮力同心」の象徴だった。

貫いた全員野球。その中心に熊谷がいる。男は生粋の野球少年。小学校3年生から野球を始め、オフの日でも自然とグローブとボールを触っているという。「野球は楽しいから続けている。どんな時も楽しく、『俺らは相手より強い』と自信をもって戦えれば、試合もその通りになるものだと思います」。

まさにその言葉通りだった。攻撃ごとに行う円陣ではどんな試合展開でも「焦らず1点ずつ取っていこう」と平常心を促す。ピンチの場面では毎球ごとにマウンドに駆け寄り「楽しめ!」や「最後は気持ち!」と投手を鼓舞する。そしてチームメートが結果を出した時は誰よりも笑顔で喜んだ。彼にとって仲間の活躍は他人事ではなく、自分事だ。「みんなが活躍した時が野球をやっている中で一番楽しい」。

そんな主将の姿勢は、チーム全体へと波及していく。一打に歓喜し、一球に咆哮する。ベンチ、スタンド共に自分たちの勝利を信じ、心の底から野球を楽しんでいた。日本一の栄冠を手にした彼ら。その驚異的な土壇場力は、「野球を楽しむ」という原点が生み出したものなのだろう。

無言のエール

栄光の裏で、悩める日々があった。リーグ戦中は打撃不振にあえいだ。開幕カードの法大戦では13打席で快音なし。慶大戦では復調を見せるも、続く東大戦ではチームが2けた得点を記録する中でも1人無安打だった。「あまり感情は表に出ないタイプ」ではあっても自分自身への苛立ちを隠せない時もあった。打順は、開幕当初の2番から7番へと降格していた。

それでも主将は、「みんなで楽しんで勝つ」チームを先導し続けた。自身の成績が上がらずとも、周囲への気遣いは怠らない。結果を出した選手には惜しみない賛美を。上手くいかない選手にはいち早く心境を見抜き、優しく声をかける。審判や相手選手には毎打席挨拶をし、敬意を払った。塁に出ればすかさず得意の盗塁を決め、凡フライでも一喜一憂せず全力疾走を貫いた。自分にやれることを最大限に行い、いかなる時も勝利のために全霊を尽くした。

走り続ける彼の背中を、チームメートは目に焼き付けていた。苦しんでいることはわかっていたからこそ、あえて声をかけたりはしない。あくまで普段通りに接した。

一方、チームは「戮力同心」を合言葉に団結し、紙一重での勝利を重ね続けた。時に敗北しながらも、粘り強く何とか勝ち点を手にしていく。「誰かのミスは誰かがカバーすればいい」(大東・社4=長良)。プレーで彼の思いにこたえる。無言のエールを、主将に送る。そして信じて待った。

「一番練習をしている熊谷さんが、絶対に良いところで打ってくれるはず」(松﨑・文3=横浜)

勝利への思いが追い風に。「みんなが打たせてくれた」

迎えた対早大3回戦はリーグ戦の佳境。ここで負ければ優勝の可能性は消滅となる。相手先発は現役最多勝左腕・小島(3年=浦和学院)だ。試合は初回に1点を先制するも、その後はこう着状態が続く嫌な展開。わずかなリードを守り、追撃の一打を待つ。

6回、一死一塁の場面、その瞬間は訪れた。打席に立つのは熊谷。2球目のツーシームが投じられると、彼はフルスイングで応じた。

センター方向へと飛んでいく打球を見つめる。「抜けろ!」。心の中で叫んだ。ベンチ、スタンドも祈るように全力の声援を送る。すると白球はぐんぐん伸び、中堅手の頭上を越え、弾んだ。勝利への思いが追い風となった。

二塁ベース上で渾身のガッツポーズを見せると、ベンチはお祭り騒ぎ。誰よりも献身的に戦う主将の一打は、何よりもチームを盛り立てる起爆剤だった。これで勢いづいた立大は連打で一気に小島を攻略。価値ある1勝を手に、最高の形で明大との決戦へと向かっていった。試合後にはこう語った。

「気持ちでもっていきました。みんなが打たせてくれたヒットです」。

ようやく生まれた今季2本目の適時打。男がトンネルを抜けた瞬間だった。

至上のリーダーシップ。チームの力を足し算ではなく掛け算に--。

熊谷はその後も絶大な勝負強さを見せていく。続く対明大3回戦では、先制、サヨナラのホームを踏み奮迅した。全日本選手権決勝での右前安打は自身にとって「今季渾身のヒット」。打線爆発の口火を切った。そして、チームは栄光の瞬間を迎える--。

どんな時も野球を楽しむ。チームの勝利のために行動し、全身全霊を尽くす。その背中に、どれだけ選手は勇気づけられたことだろう。仲間の力を足し算ではなく、掛け算にすることができる。これぞ至上のリーダーシップだ。日本一の原動力となった「戮力同心」の輪。それは間違いなく熊谷を中心に広がっていた。

祝福と歓喜に包まれる神宮球場。全国制覇の栄光を掴み、笑顔のチームメートに胴上げされる背番号「10」。彼もそれに顔をほころばせる。日本一の主将が、確かにそこにいた。

(7月1日 文・大宮慎次朗)

プロフィール

熊谷敬宥(くまがい・たかひろ)

175㌢72㌔、コミュニティ福祉学部スポーツウエルネス学科4年、宮城県出身、右投げ右打ち、内野手、仙台育英高時代は上林誠知(現ソフトバンク)らとともに甲子園に出場した。大切にしている言葉は、仙台育英高・佐々木監督から教わった「運命を愛し、希望に生きる」。一つのことに一喜一憂せず、前を向き続ける。好きなゲームはウイニングイレブンで、寮内では随一の実力を持つとのこと。オンとオフの切り替えを大切にし、私生活では時にユーモラスな一面を見せる。学年問わず信頼され、愛される主将だ。

今季成績は打率2割2分2厘12安打2打点9盗塁(春季リーグ戦のみ)

熊谷はどんな時も周囲への気遣いを忘れない
日本一の栄光を掴み、笑顔で胴上げされる熊谷