数ミリ程度に刈り揃えられた頭をなでながら、松本凌人(名城大)は強い言葉を口にした。「ここに来る前に一発気合を入れようと思って、丸めました。ふがいないピッチングが続いていたので、どうにかして結果を残したいと思って。自分への示しとしてやりまし…

 数ミリ程度に刈り揃えられた頭をなでながら、松本凌人(名城大)は強い言葉を口にした。

「ここに来る前に一発気合を入れようと思って、丸めました。ふがいないピッチングが続いていたので、どうにかして結果を残したいと思って。自分への示しとしてやりました」



最速153キロを誇る名城大の松本凌人

【シンカーをマスターした弊害】

 松本は6月17日から3日間実施された、侍ジャパン大学代表選考合宿に参加していた。18日の紅白戦で松本は2イニングを投げ、打者6人をパーフェクトに抑えている。最速149キロをマークし、2三振を奪った。

「持っている球をしっかりコースに投げられて、合宿のためにやってきたことをすべて出せたと思います」

 大学4年間で何度も「代表候補」になっている松本にとって、代表入りは悲願だった。丸刈りはその決意の表われでもあった。

 もともとは襟足を伸ばし、オリジナリティのある髪型にこだわっていた。それでも、松本は「心機一転」とこだわりを捨てた。

 今春の愛知大学リーグで、松本を擁する名城大は優勝を逃している。最終節の中部大戦で勝ち点を挙げればリーグ3連覇達成、最低でも1勝を挙げれば優勝決定戦に持ち込める状況だった。だが、1回戦を落とし、2回戦で先発した松本が6回11失点の大乱調。優勝を中部大にさらわれた。

 身長185センチ、体重90キロのたくましい肉体。前かがみの変則的な体重移動から、右腕を横に振る速球派サイドハンド。それが松本という投手である。最速153キロのストレートは、「林昌勇(イム・チャンヨン/元ヤクルトほか)のようにサイドの角度からホップする軌道をイメージしている」という迫力満点の球筋だ。

 だが、今春は本来のストレートのキレを取り戻せなかった。

 原因のひとつと考えられるのは、決め球としてシンカーをマスターしようと取り組んだことだ。

「僕はストレートも変化球も軌道をイメージして投げているんですけど、シンカーの軌道をイメージして投げようとしたのがよくなかったんです。無意識のうちに手首が寝てしまって、思うようにコントロールできませんでした」

 手首が寝るクセは、無意識のうちにストレートにも影響を及ぼした。サイドハンドといっても、松本はリリース時に手首を立てることで力強いボールを投げてきた。シンカーにつられるようにストレート投球時も手首がわずかに寝るようになり、松本本来のボールが失われていた。

【こだわりはすべて捨てた】

 松本にとってシンカーは是が非でもマスターしたい球種だった。コロナ禍で実施できなかった強化合宿を含めると、松本が大学3年間で大学代表候補合宿に招集されたのは3回。だが、候補には挙がっても、代表に入ることは一度もなかった。「国際大会では落ちる系の変化球が有効」と考える首脳陣の構想に、スライダー系の球種を得意とする松本はマッチしなかったのだ。

 だが、松本は落選を前向きに受け止めていた。

「自分はプロ野球へ行って、メジャーに行きたいんです。それなら落ちるボールを覚えるのはもうひとつ上に行くため、自分のためにもなります」

 悪戦苦闘の末、春のシーズン終盤にようやくシンカーの感覚をつかんだ。

「手首を立てて、真下に落とすイメージで投げたら結果的にシンカーの方向に落ちるようになりました。ストレートもスライダーも軌道をイメージして投げますけど、シンカーだけはリリースの形をイメージするようにしました」

 手首が寝てしまう悪癖が改善され、ストレートへの悪影響も解消された。

 シーズン終了後も松本は休まずトレーニングを続け、合宿参加のために準備をしてきたという。そして、特徴的だった投球フォームにもメスを入れた。

 従来の松本は捕手と正対して立ち、上体のみをひねってから左足を上げる変則的な始動だった。菅野智之(巨人)の以前までの始動をイメージするとわかりやすいだろう。この変則モーションから、通常のセットポジションに変えたのだ。

 松本は言う。

「こだわりはすべて捨てました。何か行動を起こさないと変わらないと思ったので。それに、人間の体は変わっていくので、今の自分に合ったフォームで投げることが大事だと思いました」

 セットポジションからクイックモーションで投げるようにすると、リリースのタイミングが合うようになった。今ではストレートも変化球も思うようにコントロールできるようになっている。

【悲願の代表入りは叶わず】

 合宿の紅白戦では、シンカーで空振りを奪うシーンもあった。得意のスライダー、カットボールも健在で、投球の幅が広がった感がある。

「成績不振によって、スカウト陣の評価が落ちるか不安だったのでは?」

 そう尋ねると、松本は笑って首を横に振った。

「ずっと前を向いてやっていきたいんです。ドラフトは秋なので、ここは落ち込むところではないと思っていました。中部大に負けた時は落ちかけましたけど、チームメイトから『おまえで負けたら仕方ない』と声をかけられて助けられました。まだまだ力は足りないですけど、目指すところは変わらずやっていきたいです」

 シンカーを習得するためストレートを犠牲にした時期もあったが、今はストレートとシンカーの両方を手に入れた。一歩下がって、二歩進んだ感がある。

 だが、それでも松本に吉報は届かなかった。19日に発表された大学日本代表のリストに、松本の名前はなかった。同僚の最速154キロ右腕・岩井俊介は代表入りしており、松本にとっては無念の結果となってしまった。

 それでも、松本が下を向くことはないだろう。合宿での取材時に「いい知らせが届くことを祈っています」と伝えると、松本は力強くこう語っていた。

「野球をやっている以上は日本を背負って戦いたいです。なんとか選ばれたいですけど、もし落選したとしても自分が落ち込むことはないです。上にいくためのボール(シンカー)も覚えられたし、もっとレベルアップしていきます」

 大きな野望を胸に、速球派サイドハンドはこれからも打者の闘争心を刈り取るような鋭いボールを投げ続けるはずだ。